上野樹里の評判が良くなさすぎる?!性格が悪いといわれる所以は母の急死にあり?

上野樹里の評判が良くなさすぎる?!性格が悪いといわれる所以は母の急死にあり?

2022年3月28日 更新

上野樹里の評判が良くなさすぎる?!性格が悪いといわれる所以は母の急死にあり?

上野樹里の評判が良くなさすぎる?!二度と仕事したくない女優?

上野樹里は、ドラマ「のだめカンタービレ」でブレイクした女優です。幅広い役柄をこなす演技力からは、カメレオン女優ともいわれるほどの実力派。しかし、さまざまな作品に出演する中で、上野樹里の良くない評判がもれ聞こえることも。

主演した大河ドラマ「江」の撮影現場では、演出家からの注文に対して、「一体、何を撮りたいのよ!あんたの説明が悪いから何を撮りたいのか分からない!分かるように話してくれれば、ちゃんとやるから!」と激怒。これでは現場の空気が悪くなるのも当たり前。現在、上野樹里には「性格が面倒で、扱いが難しい」という評判が定着しており、二度と一緒に仕事をしたくない女優とまで言われることもあるのです。

上野樹里の性格が悪いといわれる所以は母の急死にあり?

上野樹里の問題ありな言動は、「演技に集中したい」という強い気持ちの裏返しともいえます。上野樹里が女優を目指したきっかけは、「あんたもこんなふうに、テレビに出られたらいいのになあ」と母がもらした言葉。その言葉に背中を押された上野樹里は、2000年、14歳の時にモデルオーディションをきっかけに事務所に所属することになりました。

翌年には「クレアラシル」のイメージガールに決まりますが、母親はその活躍を見ることなく原因不明の病で急死。母を亡くした上野樹里は、中学を卒業すると1人で上京し、母の遺言を胸に女優業に邁進します。上野樹里にとって、自分の演技以外のことは雑音でしかなく、性格の悪さは、演技にのめりこむがゆえなのでしょう。

上野樹里と玉木宏のキスシーンが暴露した熱愛関係!演技力の評価は?

上野樹里と玉木宏のキスシーンが暴露した熱愛関係!

上野樹里をスターダムに押し上げたドラマ「のだめカンタービレ」。その劇中で、相手役を演じたのは、朝ドラ「あさがきた」でさらに人気が沸騰しているイケメン俳優・玉木宏です。共演中は、上野樹里と玉木宏は熱愛関係にあるのではないかという噂もありました。

実際、撮影現場では、2人は仲睦まじく過ごしており、休憩中もべったりだったとか。上野樹里がドラマの監督にキスシーンを追加するようにかけあっていたという話もあり、実際、映画版「のだめカンタービレ」には2人のキスシーンがあります。しかし、ビッグカップル成立の噂に、上野樹里と玉木宏にはマスコミがはりついたようですが、熱愛の証拠はつかめませんでした。

上野樹里の演技力の評価は?役へのなりきり具合がすごい!

上野樹里の役作りへのこだわり、演技のクオリティの追求は、群を抜いています。例えば嵐の松本潤と共演した映画「陽だまりの彼女」では、劇中やせ細っていく設定がありますが、上野樹里は「無意識で痩せていくんです。役のイメージがあると、それだけでお腹も空かなくなって」とコメント。それだけ上野樹里の役への没頭ぶりは深いようで、共演者たちも、役になりきる上野樹里ののめりこみ具合には、口々にリスペクトを示しています。

現場の空気を読まずに撮影を止めたりするのも、自分の演技に納得がいくまでつきつめたいからでしょう。そのため、難しい性格だといわれていても、上野樹里を使いたいと考える映画監督や演出家は多く、これだけ評判が良くないといわれてもオファーが途切れないのはその証といえます。

上野樹里は壮絶な過去が演技を支えていた!?

上野樹里は、母親の遺志を胸に抱き、芸能界入りしました。しかし、14歳でデビューした上野樹里ももう29歳。15年以上も、女優として走り続けていることになります。

上野樹里は、1986年、兵庫県加古川市で、三人姉妹の末っ子として生まれました。父親が工場を経営していたため、裕福な家庭で育ちます。家族が暮らした家は、お屋敷ともいえるような大きな邸宅だったそうです。しかし、そんな恵まれた少女時代を送っていた上野樹里を悲劇が襲います。父親の工場経営がうまくいなかくなり、一家は家を手放すことに。上野樹里が、父方の祖母の家に身を寄せた頃、今度は、母親が原因不明の病に倒れてしまいました。それでも、娘の夢をかなえるために、上の樹里の母親は、病をおして応援していたようです。

上野樹里は、日本テレビ系「NEWS ZERO」のインタビューに答える中で、「事務所の社長さんと神戸で会って話をしたとき、お母さんは病気だったから、意識も朦朧として、ギリギリの状態でした。でも、お母さんは涙ぐんで笑っていたんです」と当時の状況を語っています。そして、上野樹里が「クレアラシル」のイメージガールという大きなチャンスをつかんだ矢先、母親は世を去りました。女優として活躍する姿を母親に見せることができなかったことは無念だったに違いありません。

母親を亡くした後、上野樹里は「自分の生活する分は、自分で仕事して稼がなあかん。自分の力で暮らせるようになるんや」と祖母に話しています。その言葉通り、中学を卒業するとたった1人で東京へ。

当時の上野樹里の所属事務所は小さかったため、キャリアをスタートしたばかりの上野樹里は、ほとんどの役を一からオーディションで勝ち取っていきます。2003年の朝の連続テレビ小説「てるてる家族」では、ヒロインオーディションで次点にまで残り、結果的に三女役で出演していた上野樹里。翌年の2004年には、初主演映画となる「スウィングガールズ」がスマッシュヒット!

「てるてる家族」で共演した俳優・岸谷五朗は、上野樹里に類まれなる才能を感じ、自分の所属事務所・アミューズに移籍するように誘います。しかし、自分を育ててくれた事務所を裏切ることはできないと断ったという上野樹里。しかし、アミューズ側は諦めず、上野樹里1人のために、上野樹里の所属事務所を吸収合併することに。多くのタレントを育ててきた大手事務所がそこまでするほど、上野樹里の才能は抜きんでていたのでしょう。
大手事務所に所属し、上野樹里の才能はさらに開花を進めていきます。月9ドラマでの活躍、大河ドラマ主演と、快進撃は続きました。

そんな上野樹里は、まもなく30歳を迎えます。今後は、成熟した大人の女性を演じる機会も増えていくでしょう。カメレオン女優の面目躍如で、さらに役の幅を広げていくはずです。

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