内海桂子がツイッターを駆使しまくっている!結婚した夫・成田常也とは?

内海桂子がツイッターを駆使しまくっている!結婚した夫・成田常也とは?

内海桂子がツイッターを駆使しまくってる!結婚した夫・成田常也とは?

内海桂子が93歳にしてツイッターを駆使しまくってる!つぶやきが老人じゃない!

内海桂子が齢93歳にして、ツイッターを駆使しまくっています。内海桂子といえば、16歳で漫才の初舞台を踏んで以来、女芸人のパイオニアとして君臨し続けること77年。今日まで、現役最高齢芸人記録を更新し続けている、生きる伝説のような存在です。
内海桂子より30歳ほど若い世代でも、パソコンやスマホにハードルの高さを感じている人が多いというのに、93歳でツイッターを使いこなすとは、頭がさがるばかり。内海桂子のツイッターの内容は、日常の出来事と心情を綴った日記形式で、ほぼ毎日更新されています。

「最近、夜中にはばかり5回」など高齢ならではの話題もあり、「コレステロール=これ捨てロール」という夫とのかけあいから生まれた謎のダジャレもあり、ツイッターの字数制限144字いっぱいに詰め込まれています。その闊達すぎるつぶやきには、内海桂子が超高齢であることをすっかり忘れさせられてしまいます。
「私から元気を貰えるっていうなら、何でも貰ってくれていいけど、私だって若い人たちからパワー貰いたいんだよ」という思いが、内海桂子をツイッターへと導いたそうです。

内海桂子に24歳下の夫・成田常也が一目惚れ?!電話、手紙の猛アタック!

内海桂子は1999年に、マネージャーである夫・成田常也と結婚しました。当時、77歳の内海桂子と24歳下の夫・成田常也との年の差婚は、テレビでも大きく取り扱われ、内海桂子が「棺桶担ぎ」「墓守を雇った」と称したことも話題になったものです。
出会いは1987年、内海桂子が67歳の時、アメリカで航空会社の営業担当をしていた成田常也からロサンゼルス公演を依頼されたことがきっかけでした。成田常也は、子供の頃から内海桂子の漫才のファンだったため、元より会いたいという願望を持っていたそうです。そして、お礼を兼ねて内海桂子の楽屋を訪れた時に、思わずその着物姿に一目惚れしてしまいます。
当時の成田常也は40歳でしたから、本心を疑いたくもなりますが、今でも2人がイチャイチャしているところを見ると、真剣そのものだったことが分かります。
その後、成田常也は内海桂子に毎日国際電話をかけ、1日1通の手紙を送り続けること300通目に「僕と結婚してください」としたためました。内海桂子が返信したのは、それに対する「日本で職についてください」という1通のみでしたが、半年後に成田常也が日本の仕事に転職したことをきっかけに交際に発展、結婚に至ったのです。

内海桂子・好江の漫才は弟子・ナイツに受け継がれた!現在も若い秘訣!

内海桂子・好江の漫才から弟子・ナイツが受け継いだもの

内海桂子・好江は、内海桂子が14歳下の弟子・内海好江と約半世紀に渡って組んでいた音曲漫才コンビ。第4回新人漫才コンクールで優勝してからというもの、数々の演芸賞をほしいままにしてきました。しかし1997年に内海好江が胃がんで他界したために、活動の歴史に幕を下ろすことになってしまいます。
その漫才の魂を受け継いだのは「ヤホー漫才」で3年連続M-1決勝進出を果たしたナイツ。ナイツは、2000年にコンビを結成した直後から内海桂子に弟子入りしています。ところが、ナイツにとって、内海桂子が言う「漫才は宇宙」は全く意味不明で、師匠である内海桂子のほうも「ヤホー漫才」を理解できなかったといいます。
しかし、音曲漫才を主としてきた内海桂子・好江の漫才は、ナイツに「南京玉すだれ」をもたらしました。内海桂子は、どこに呼んでも、ナイツに今では珍しくなった「南京玉すだれ」をやらせたそうですが、彼らにとって他にはない宝になったに違いありません。
ナイツが常にスーツを着て漫才に挑むのも、内海桂子の教えでした。こうして伝統ある内海桂子・好江の漫才は、「ヤホー」という時代の色と混ざりつつ受け継がれることになったのです。

スポンサーリンク

内海桂子が現在も若い秘訣は「自分次第」

内海桂子は93歳ですが、ツイッターの文面を見ても老いを感じませんし、24歳も年下の夫・成田常也とイチャつくという若々しさ。恋をすると若返るとは言いますが、成田常也との出会いの時点ですでに初老の域だったはずの内海桂子。
その若さの秘訣は、内海桂子曰く「老けたとか、若いとかって自分次第。年齢は関係ない」なのだとか。老いに甘えないことと、老齢だからといって優しくされすぎず、少しくらいハッパをかけられることが内海桂子の若さを保っているのです。
93歳にもなって「将来設計は?」と聞かれると、さすがに「大丈夫という自信はない」と答えていますが、不安もないといいます。恐れずにどの世代にも飛び込んでいくこと、常に頭を使って思うことは口にすること、身体が使えるうちはとことん使っていくことをモットーにしている内海桂子。「60~70歳ぐらいの人間は若造。ガタガタ言うな!」という発言にも、衰えぬ生命力を感じさせられます。

内海桂子のツイッター、夫・成田常也やナイツとの関係に見る若さの秘訣!

内海桂子のツイッターの勢いを見ると、自分の考えを発信し続けることがいかに活力になり得るかがよく分かります。実は、内海桂子には事実婚関係にあったかつての交際相手との間に、夫・成田常也と同じ年の娘がいます。その年の差婚をてらわないスケールの大きさも、内海桂子の若さの秘訣でしょう。
年の差といえば、内海桂子・好江が結成された時には、内海好江はまだ14歳でした。第1回新人漫才コンクールで優勝を逃したために内海好江を責めて、自殺未遂に追いやってしまった苦い経験も、内海桂子を大きくしていったのではないかと思われます。ナイツが内海桂子に出会った頃は、漫才には厳しかったようですが、非常に大らかであったそうです。
ナイツによると、当時、80歳を超えた内海桂子は、浅草の寄席に出演した際に、15分の持ち時間のはずが「まだいいじゃないの~」と40分を過ぎても喋り続けることがよくあったといいます。待ち時間が過ぎたことを舞台袖から知らせるのは弟子の役目だったそうですが、客席に聞こえない程度に呼びかけても、耳の遠くなった内海桂子には聞こえません。
困ったナイツが、夫・成田常也に相談すると、「教えてなかったね。カンタンだよ」と、内海桂子の顔面めがけて懐中電灯を照射したそうです。すると内海桂子はまぶしそうにのけぞって、「そろそろお時間が来たようです」と締めたのでした。このエピソードには、内海桂子のおおらかさと、夫を含めて若い世代との良い関係がうかがえます。
ナイツに連れられて原宿に出かけた時には、「桂子師匠カワイイ!」と群がる若い女の子を目にして「原宿は米兵ばっかりだったのに、日本の女の子が元気で嬉しい!」と道の真ん中で大号泣し、感極まって「日本バンサイ!」と絶叫したのだとか。長年かけて若々しさと生き字引のような深みが融合した内海桂子の言動には、この先10年も20年も元気を貰えそうな気がしてなりません。

スポンサーリンク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

ページ上部へ戻る