和田誠は週刊文春の表紙を飾るイラストレーター!嫁は平野レミ、父・和田精も息子・和田唱もスゴかった!

和田誠は週刊文春の表紙を飾るイラストレーター!嫁は平野レミ、父・和田精も息子・和田唱もスゴかった!出典:https://matome.naver.jp

和田誠は週刊文春の表紙を飾るイラストレーター!

和田誠の嫁は平野レミ!

和田誠は、料理愛好家・平野レミの夫にして、長年にわたり週刊誌「週刊文春」の表紙を担当していることでも知られている、日本を代表するイラストレーターです。

1977年から週刊文春の表紙を担当してきた和田誠は、2017年7月には、表紙イラスト2000回目を迎えたと言いますから驚きです。温かみのある色合いで、ユーモラスでありながら、時にはどこかに風刺を感じることもあるイラストは唯一無二。読者を一目でつかむ力が、和田誠のイラストにはあるようです。

和田誠はイラストレーターだけじゃない!絵本や映画監督も手掛けていた

40年というロングスパンで週刊文春の表紙イラストを担当してきた和田誠。もちろん、他にも多くの作品を世に送り出しています。イラストレーターとして表紙や挿絵を担当した書籍は数多く、SF作家の星新一や、人気脚本家の三谷幸喜の著作の表紙イラストはよく知られているところでしょう。

また、ユーモラスなイラストとともに言葉遊びが楽しめる絵本「ことばのこばこ」は、多くの子供たちに読まれました。映画好きなことでも有名で、監督として「麻雀放浪記」「怪盗ルヴィ」といった作品も手掛けるなど、多彩な才能を発揮しています。

スポンサーリンク

和田誠の父は音響演出家の和田精、息子はミュージシャンの和田唱!イラストはすべて手書き!

和田誠の父は音響演出家の和田精、息子はミュージシャンの和田唱と家族はクリエイターだらけ!!

絶えず多くの作品を世に送り出している和田誠。イマジネーションは絶えることがないようですが、アートを生み出すクリエイターの血は、家族にも流れているようです。和田誠の父は、音響演出家の和田精。日本における音響演出家の草分け的な存在で、舞台やラジオ、テレビで多くの作品を生み出しました。

また、和田誠の息子である和田唱はミュージシャンで、デビュー20周年を迎えた人気ロックバンドTRICERATOPSでボーカルとギター担当しています。ちなみに、和田唱の妻は女優の上野樹里という芸能一家でもあります。

和田誠のイラストはすべて手書き!使用画材は?

不思議と人をひきつける和田誠のイラストですが、それらは基本的には手書きで生み出されています。使用画材は、週刊文春のイラストならば、ケント紙に不透明な色彩が特徴的なガッシュ(水彩絵の具)。モノクロのイラストならば、ケント紙にロットリングで主線を書き、べた塗りの部分はペリカンインクの黒を筆で塗っていると言います。

スポンサーリンク

下書きに使用するのは2Bの鉛筆です。また、自分で色を塗らずに色を指定する場合は、ロットリングで線を描き、色見本を見ながら、上に重ねたトレーシングペーパーに色指定を書き込んでいます。

和田誠が嫁・平野レミに一目惚れ!出会って1週間で結婚したのは本当?

和田誠は、日本を代表するイラストレーターとして、第一線を走り続けてきました。そのキャリアは長く、1968年にイラストレーターとして独立する前は、デザイナーとしても活躍。タバコ「ハイライト」のパッケージデザインをはじめ、多くの一流企業の広告デザインも手掛けています。デザイナー時代も含めると実に50年以上のキャリアを持つ和田誠を、主に食事の面から支えてきたのが、嫁で料理愛好家の平野レミです。

2人が出会ったきっかけは、なんと和田誠の「一目惚れ」でした。和田誠は、ラジオに出演していた平野レミの声を聞いて気に入り、ラジオで平野レミと共演していた久米宏に、「一緒にやっている子を紹介してよ」と頼んだと言います。しかし久米宏は、「やめときなさい」とその申し出を一蹴。仕方なしにTBSのディレクターに仲介を頼むと、今度は「紹介してもいいけど、責任持ちませんよ」と言われてしまいます。テレビで目にする平野レミの自由奔放な様子を思うとなんとなく納得してしまうエピソードですが、それでも食い下がった和田誠は、なんとか食事の席にこぎつけました。

2人はその席で互いを気に入り、なんと出会って1週間程で結婚!ちなみに、平野レミは、父がフランス文学者であったことから、もともとインテリが好みのタイプだったとか。会話ににじむ和田誠の知性に、「なんて学のある人だろう」と思ったそうです。

和田誠は給仕の仲居さんに料理について尋ねる平野レミの様子から、この人は料理が上手そうだと思ったと言います。
結婚後、いったんは芸能界から退いた平野レミは、家事や育児に専念しますが、あることがきっかけで、料理愛好家として表舞台に登場することになりました。

仕事柄、交友関係が広い和田誠は、多くの著名人を家に招いていましたが、料理上手の平野レミがふるまう手料理が関係者の間で話題に。それをきっかけに、平野レミにさまざまな仕事の依頼が入ってくるようになります。ハイテンションでやかましく、しかも「雑」という料理番組史上ありえなかったスタイルを生み出した平野レミの快進撃は、和田誠との家庭生活から生まれたといっても過言ではないでしょう。

80代に達した和田誠が衰えることなく新たな作品を生み続けられるのは、「生きる放送事故」とも呼ばれるほど突拍子もなく明るい、嫁の平野レミが隣で常に刺激をくれているからかもしれません。

スポンサーリンク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

ページ上部へ戻る