若竹千佐子は主婦から芥川賞作家へ!キッカケは夫の死だった

若竹千佐子は主婦から芥川賞作家へ!キッカケは夫の死だった出典:https://www.asahi.com
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若竹千佐子の経歴、プロフィールは?木更津の主婦から芥川賞作家へ

若竹千佐子の経歴、プロフィールは?芥川賞史上二番目の高齢受賞者!

若竹千佐子は、2017年下半期の第158回芥川賞を63歳で受賞。2013年に75歳で同賞を受賞した黒田夏子に継ぐ芥川賞史上二番目の高齢受賞者となりました。1954年生まれの若竹千佐子は、柳田國男の「遠野物語」で知られる岩手県遠野市の出身です。

岩手県立釜石高校を卒業し、岩手大学教育学部へと進学した頃から自らの内面を言葉で表現することが好きで、小説を書き続けていたという若竹千佐子。しかし、大学卒業後はいったん臨時教員の職に就き、後に結婚を機に専業主婦となって千葉県木更津市に移り住みました。

若竹千佐子が木更津の主婦から芥川賞作家へ!キッカケは夫の死だった

木更津で専業主婦をしていた若竹千佐子は、55歳の時に突然の不幸に見舞われます。それは、自営業を営んでいた夫の突然死でした。そのあまりにも唐突で予期せぬ出来事に、若竹千佐子は夫の死を受け入れることがなかなかできず、失意のどん底にあったと言います。

「どこに居ても寂しい、寂しい」と言い続ける日々を送っていた若竹千佐子に、「そんなに寂しいのなら、前から通いたいと言っていた小説講座に行ってみたら」とアドバイスをしたのは息子でした。この助言がきっかけとなり、早稲田大学エクステンションセンターの小説講座に通い始めた若竹千佐子はメキメキと頭角を現します。

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こうして、芥川賞受賞作品でもある「おらおらでひとりいぐも」で、第54回文藝賞を最年長受賞しました。

若竹千佐子の「おらおらでひとりいぐも」あらすじ感想!タイトルの意味とは?

若竹千佐子の「おらおらでひとりいぐも」あらすじ感想!

2017年度下半期芥川賞受賞作「おらおらでひとりいぐも」は、若竹千佐子が芥川賞史上二番目の高齢受賞者ということでも話題になりました。しかしもちろん、作品自体も「東北弁で語る鬼気迫る描写とストーリーの面白さは芥川史上最高傑作では!」との高評価を受けています。「ラストを読むと爽やかな気持ちになる」という感想も多いようです。主人公は「桃子さん」という、夫に先立たれた老女。息子と娘がいますが、所帯を持った子供たちとは疎遠になり、現在は独り暮らしです。

とはいえ、桃子さんの頭の中にはいつも故郷の東北弁が満ち溢れて、年中なんとも賑やか!「桃子さんにヒロインとしての魅力はあるのか?」という野暮なツッコミがありそうですが、ページが進むごとに、読者が物語の世界にどんどん引き込まれていってしまうこと請け合いです。

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そこに広がるのは、彼女が発する東北弁の絶妙な語り口と普通の文章が入りまじった摩訶不思議な世界。これは、若竹千佐子の類まれなる筆力と彼女が描きだす独特の世界観によるものと言っても過言ではないでしょう。この作風について、作家の佐伯一麦は、「現代の民話という趣がある」「大庭みな子や津島佑子につながる作家がここに登場した」と評しています。

若竹千佐子の著書「おらおらでひとりいぐも」の意味とは?

若竹千佐子の芥川賞受賞作品「おらおらでひとりいぐも」は、なんとも不思議なタイトルです。これは、若竹千佐子と同じ岩手県出身の作家であり、詩人の宮沢賢治が、最愛の妹トシ子との今生の別れを描いた詩「永訣の朝」に出てくる言葉。「おらおらでひとりいぐも」は、「私は私で一人で逝きます」という何とも心切ない意味合いを持っています。

しかし、この作品の主人公である桃子さんの生き様を見ていると、この「いぐも」は、必ずしも「逝きます」だけの意味ではないように感じられないでしょうか。今後の人生を老いと共に手を取り合って「生きます」「行きます」という強い決意が込められているような気がしてなりません。

若竹千佐子が年月を重ねて悟った本音「ほんとは子供より自分がだいじだったのだ」!

「おらおらでひとりいぐも」で第158回芥川賞を受賞した若竹千佐子は、直後の記者会見で開口一番こう叫びました。「人生の終盤でこんな晴れがましい出来事が自分に起こるなんて、もう信じられない!」。<あいやぁ、おらのあだまこのごろなんぼかおかしくなってきたんでねえべかどうすっぺぇ、この先ひとりで、なんじょにすべがぁ>……選考会においても「言葉にパワーがある!」と高く評価されたこの作品は、東北弁と通常の文章が交錯しながら展開していく独特の世界観を持っています。

作者の若竹千佐子も、「東北弁に限らずどこの方言にも、そこに生きていた人々の匂いや味があると思います」と、言葉の持つ力を強く意識して挑んだ作品であると語りました。物語の終盤には、若竹千佐子が、主人公の桃子さんの言葉を借りて、自らの内面を「ほんとは子供より自分がだいじだったのだ!」と吐きだす場面があります。

子供よりも自分が大切だと思うことは、今までの日本ではずっとタブー視されてきた思いである反面、誰もが心に抱いてきた究極の「本音」でもあるでしょう。作者の若竹千佐子はズバリ「本当は自分のほうがずっと大事だという桃子さんの姿勢のほうが正しいし、子供にとってもいいのだと信じて書いた」と言い切っています。

それは、若竹千佐子自身が年を重ね、「もっと自由に生きてよいのだ」との境地に達したことに他なりません。作者が63歳という年齢を重ねたからこそ、この作品も生まれたと言えそうです。この作品を読み終えた読者もきっと同じ気持ちになるはず。「老い」とは、決して憂いたり悲しんだりすることばかりではなく、孤独さえも楽しみに変えて、自由気ままに生きることができることなのだから。

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