渡辺謙 白血病克服の壮絶治療!絶頂期から転落と復活までの道のり

渡辺謙 白血病克服の壮絶治療!絶頂期から転落と復活までの道のり

渡辺謙、前途洋々だった絶頂期の白血病発症!「天と地と」無念の途中降板

渡辺謙を突然襲った病とは?絶頂期からまさかの転落

渡辺謙は1959年生まれ新潟県魚沼市出身。

19歳で上京して役者を目指し、養成所を経て20歳の時に演劇集団「円」に入団します。メキメキと頭角を現し、研究生でありながら蜷川幸雄の『下谷万年物語』で主役を獲得。『未知なる反乱』でテレビデビューを果たしますが、渡辺謙を世に知らしめたのは、何と言ってもNHK大河ドラマ『独眼竜政宗』です。主人公の政宗を演じ、大河ドラマ史上最高の平均視聴率39.7%を叩き出し、一気にスターダムにのし上がった渡辺謙は、海外進出も視野に入れ、製作費50億円を投じた大作映画『天と地と』の主演男優に大抜擢されました。ところが、1989年のカルガリーロケで突如体調不良に襲われてしまいます。下された診断は「急性骨髄性白血病」。血液中の造血細胞に腫瘍が出来て白血病を発症し、正常な血液が作れなくなってしまう恐ろしい病でした。

渡辺謙、白血病を発症 「天と地と」無念の途中降板

骨髄性白血病になると、本来なら正常な数にコントロールされている造血細胞が癌化して無制限に増殖し、正常細胞を圧倒した挙句に骨髄内を占領してしまいます。そうなると、骨髄中で正常な血液が作れなくなってしまい、赤血球、白血球、血小板が減少、貧血、出血、感染症など様々な症状が現れるのです。発症確立約二万分の一。年間約8千人近い人々を死に至らしめる恐ろしい病である白血病。その病魔に襲われた渡辺謙は『天と地と』を無念の途中降板。即入院となったベッドの上で「角川さんと大きな映画を撮ろうと約束していたのに……」と自らの病よりも、監督だった角川春樹に「期待されながらも大役を果たせなかった無念さ」を悔いたといいます。この頃から本当に責任感の強い人情家だったのですね。

渡辺謙、壮絶だった白血病治療!身長へも影響が

渡辺謙、白血病克服の壮絶治療

初の主演映画の撮影中に突然「急性骨髄性白血病」という病魔に襲われ、俳優としての再起はおろか生命の危機に直面した渡辺謙。現代の医学でも完治する確率は50パーセントしかありません。ただ、適切な治療を受ければ20~40パーセントの人が再発せずに5年以上生存出来るそうです。芸能人で発病した例としては1985年に女優の夏目雅子が同じ病気を発症。この頃から化学療法で生存率高まってきたのですが、残念ながら夏目さんは発病直後にお亡くなりになりました。渡辺謙が発病したのは1989年。一年に及ぶ化学療法が効果を発揮し寛解、俳優として復帰します。しかし、完治したわけではなかったので、映画などの大きな仕事を受けることは出来ませんでした。その後、1994年またも白血病が再発。運悪く、この時の輸血が原因でC型肝炎ウイルスに感染。病魔との戦いは壮絶を極めました。

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渡辺謙、白血病再発!身長にも影響が出る病魔の恐怖

再発の前年、完全復活をアピールするため再びNHKの大河ドラマ「炎立つ」に出演するほど意欲的だった渡辺謙でしたが、一年に及ぶ化学療法でも白血病は完治しなかったようです。渡辺謙が再発したのは皮肉にも「五年間再発しなければ大丈夫」と言われた五年目の1994年のことでした。白血病で亡くなる方の中には白血病そのものが原因ではなく、渡辺謙が感染したC型肝炎のように「白血病に伴う感染症で」という方も少なくないのです。また、化学療法における癌治療には抗がん剤がよく使われ、ことに白血病や悪性リンパ腫の治療に効果的な抗がん剤が開発されていますが、子供たちに使う場合には身長が伸びなくなる「低身長」などの副作用が問題になっています。

渡辺謙、白血病を見事克服!復活までの道のりを支えたのは?

「渡辺謙」という人物の人生を紐解いていくと、自然と一つの諺にたどり着きます。それは「禍福は糾える縄の如し」。災いと幸福は表裏一体。より合わせた縄のようにかわるがわるやってくる。不幸だと思ったことが福に転じたり、幸福だと感じていたことが逆に不幸に転じることがあるというたとえです。そもそも渡辺謙が新潟から上京したのは、大学に進学するためでした。それが受験目前にして急転。「プロとしての仕事がしたい」その気持ちだけで役者の道に転じたのです。あのまま大学に進学していたら、世界の「渡辺謙」は生まれていません。けれど、転じて福となった俳優稼業が、絶頂期を迎えた途端に病魔という災いに転じてしまいます。その後の彼の人生を見ても然り。様々な禍福を乗り越えて、今の渡辺謙が存在しているのです。
では、どうして渡辺謙は様々な困難を乗り越えることが出来たのか?
その理由は、俳優としての絶頂期に彼を襲った白血病なしには語れないような気がします。人間の細胞の数は約37兆個。その突拍子もない数の細胞を生かすために酸素や栄養を運ぶものこそが「血液」なのです。渡辺謙を襲ったのは、その人体の要となる血液の癌、白血病です。最悪にして最強の敵でしたが、彼はその病を克服しました。50パーセントしか完治できない病魔に打ち勝ったのです。これはもはや、渡辺謙の持つ生命力の強さと言っていいでしょう。生命力とは単に身体が丈夫なだけではありません。何より精神がタフなこと。そして「何が何でも生き抜く」という強い信念をあったからこそでしょう。しかしながら、いかに強い信念であっても、死と隣り合わせの恐怖は我々の想像を絶する凄まじいものであったはず。時には心が折れて、自暴自棄に陥ったこともあったではないでしょうか。けれど、渡辺謙は見事復活を果たします。
では、復活への道のりを支えたものは何だったのでしょう?
病気を克服した渡辺謙は夫婦で『釈尊会』という宗教に入信しました。彼の折れそうな心を支えたのは、宗教への信仰心だったのかも知れません。

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