渡辺俊介ちゃんを救う会とは?援護率が低くすぎで泣けてくる

渡辺俊介ちゃんを救う会とは?援護率が低くすぎで泣けてくる

渡辺俊介ちゃんを救う会とは?援護率が低くすぎで泣けてくる

渡辺俊介ちゃんを救う会とは?

渡辺俊介とは1976年8月27日生まれの39歳で、元プロ野球投手です。社会人野球の新日本製鐡君津出身で、2001年からは千葉ロッテマリーンズに所属。2014年~2015年は、アメリカの独立リーグやベネズエラのウィンターリーグでプレイしていました。2015年12月1日からは、現役続行を視野に入れて、新日本製鐡の後継チーム新日鐡住金かずさマジックのコーチに就任したしました。

千葉ロッテマリーンズ時代の2009年シーズン中のこと、6月上旬までに登板した8試合で、味方打線の援護が3点のみという低さになってしまいました。これでは、渡辺俊介がどんなに頑張っても、なかなか勝つことはできません。そのため、ネットで、渡辺俊介に援護点を!という書き込みが続き、その動きを指して、「渡辺俊介ちゃんを救う会」と言われるようになりました。

渡辺俊介の援護率が低すぎで泣けてくる!

渡辺俊介は2009年に、WBC日本代表に選ばれ、中継ぎとして2試合に登板。打者8人を抑えきり、日本の大会連覇に貢献しました。しかし、パ・リーグのシーズンでは、規定投球回数に到達するものの、防御率4.05、3勝13敗と大きく負け越します。クオリティ・スタートと呼ばれる、投手の成績評価項目の一つで、先発投手が6イニング以上投げ、かつ3自責点以内に抑えた時に記録されるものが、渡辺俊介の2009年シーズンは13。その内、11回勝ち星が付きませんでした。

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これは、まさに打線の援護率が低い証拠です。これだけでも泣けてくるのですが、規定投球回到達者で勝率2割未満の投手というのは、1988年に阪神タイガーズに在籍していた野田浩司以来のこと。なんと渡辺俊介は、日本野球界史上21年振りという、悲哀が滲む記録を達成してしまったことになります。あまりにも……な結果に、「渡辺俊介ちゃんを救う会」としてロッテファンが書き込みをしていたのも頷けますね。

渡辺俊介の成績や年俸推移は?アンダースローだけじゃない!球種が多彩すぎ

渡辺俊介の成績や年俸推移は?日本球界に13年所属後流転し帰国

渡辺俊介は、2001年から13年間、千葉ロッテマリーンズに所属し255試合に出場、先発239試合、87勝82敗。投球回数1578、勝率.515、通算防御率3.65という成績です。渡辺俊介の場合、成績の中の、勝率や勝ち星については、味方の援護さえあれば、もっと伸びていたことでしょう。また、ロッテ時代の渡辺俊介の年俸推移ですが、2000年、ドラフト4位、契約金6000万円で、社会人野球から千葉ロッテマリーンズへ、24歳で入団します。

2001年800万円、2002年1500万円、2003年1400万円、2004年3000万円、2005年6100万円と渡辺俊介の年俸は順調に上がっていき、2006年には、前年のチーム31年振りの優勝に大きく貢献した渡辺俊介は、日本シリーズでも活躍したので、年俸が1億4000万円に到達します。2007年は1億1000万円、2008年は1億3000万円、2009年は1億7000万円で、2010年は1憶4000万円、2011年1億4000万円、2012年1億2600万円、2013年は2012年に4勝しか挙げられず8000万円にダウン、2013年は1勝もできないまま、オフにメジャー挑戦を表明し、渡辺俊介は自由契約となります。

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その後、ボストン・レッドソックスとマイナー契約を結んだものの、2014年3月29日に解雇。独立リーグで登板した後、ベネズエラに可能性を求めて移籍し、2015年新日鐡住金かずさマジックのコーチとして就任しました。

渡辺俊介はアンダースローだけじゃない!球種が多彩すぎ

渡辺俊介の代名詞は、何と言っても世界一低いと言われているアンダースローで、ミスターサブマリンと呼ばれていました。地上約3cmから放たれるボールが打者を翻弄した姿は、野球ファンの方なら覚えていらっしゃる方も多いと思います。そんな渡辺俊介は、実に多彩な球種を投げ分けられることでも知られています。ツーシーム系のシンカーと、フォーシームジャイロ、95km/hのカーブに、浮き上がるスライダー、チェンジアップ。

加えて、10年以上研究していると語っていた、打者の手元で浮き上がるように変化するソフトボール特有の変化球であるライジングボール……と、打者を翻弄するために、球種の会得に腐心していたことがうかがえます。2010年にセ・パ交流戦で対戦した谷繁元信は「渡辺俊介のアンダースローは、一般的に定義されているアンダースローではない」とコメント。渡辺俊介の球筋の読みにくさに敬意を表していました。

渡辺俊介の今後は!? 社会人野球で熟成された投球術を披露して欲しい!

渡辺俊介は、2015年12月1日に、古巣の後継チームである新日鐡住金かずさマジックの選手兼コーチに就任しました。千葉県木更津市で行なわれた就任会見の中で、渡辺俊介は、「都市対抗優勝を、野球人生の最後に成し遂げたいと思って戻ってきた」と語っています。渡辺俊介の多彩な球種には、最近でも、日本の球団や海外リーグから誘いがあったようです。しかしそれらを蹴ってまで、なぜ社会人野球復帰を選んだのかと問われた渡辺俊介は「日本シリーズやWBC、独立リーグに、ベネズエラリーグと、沢山の経験をして振り返った時に、一番ワクワクできたのは都市対抗を目指していた時。そのため、必要とされるなら戻ろうという気持ちになった」と答えました。

都市対抗野球で活躍も素晴らしいのですが、いちファンとしては、渡辺俊介には、もう一度プロ野球で活躍する姿を見たいの気持ちもあります。セ・リーグであれば受け入れるチームはあると思いますし、投球術や考え方などコーチ兼任で欲しいチームもあるのではないでしょうか。社会人野球で熟成された投球術を披露した後は、プロ野球に復帰し、今度こそ味方の援護が望める球団へ入って欲しいと思います。山本昌の例もありますし、渡辺俊介本人も、アンダースローには無限の可能性があると語っています。必要とされた時に投げられる準備をしつつも、若手育成にも携わるということですから、現役復帰はないとしても、コーチや監督としてプロの球団に戻ってくる可能性もありそうです。

何より、渡辺俊介自体が、いまだ可能性の塊な気がしてなりません。
現在39歳の渡辺俊介ですが、挑戦を続けています。今後も変わらぬ活躍ぶりで、同年代のみならず、多くの人たちの希望の星になって欲しいですね。

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