山口蛍のプレースタイルの魅力!セレッソ大阪への出戻り移籍の理由は?

山口蛍のプレースタイルの魅力!セレッソ大阪への出戻り移籍の理由は?出典:https://www.google.co.jp

山口蛍のプレースタイルの魅力!セレッソ大阪への出戻り移籍の理由は?

山口蛍のプレースタイルの特徴は守備的ボランチ!そのセンスに魅了される!

山口蛍は、日本代表サッカーイレブンのメンバー。ドイツブンデスリーガでプレイしたこともある実力派で、ポジションは、ボランチを中心とした守備的ミッドフィールダーです。このポジションでの山口蛍のプレースタイルは、いわゆる「ダイナモ(回転型発電機)」。

大きくなくとも強靭な肉体を駆使し、フィールド中盤の攻守入れ替えのど真ん中で活躍します。山口蛍本人も自負する通り、守備と攻撃の切り替えを演じる上での速度と、敵チームへのプレッシャーが持ち味です。山口蛍の守備的な戦術眼と、パスセンスには、若手としては類希なものがあり、幾度となく参加チームの勝利に貢献してきました。

つい先日のワールドカップ日本代表戦において、イラク代表のゴールマウスに叩き込んだ奇跡の一発も記憶に新しいところです。山口蛍の評価は、攻守ともに高く、まさしく中盤の要となるに相応しいプレースタイルを持っています。

山口蛍がドイツからセレッソ大阪に出戻り!せっかく移籍したのにどうして?

山口蛍は、2015年12月に、ドイツブンデスリーガのハノーファー96に移籍。2016年度のシーズン初めからは試合にも出場し、順風満帆の欧州組入りか……と思いきや、3月の日本代表・シリア代表戦で、相手チーム選手と接触し、鼻と眼窩底を骨折してしまいました。

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この結果、ドイツに戻っても、満足に試合に出場することができなくなってしまった山口蛍。その後は、ブンデスリーガに残留せず、日本に帰国し、10代のユース時代からともに歩んできたセレッソ大阪に出戻り移籍することになりました。山口蛍本人は、「自分の家はセレッソだと思っています」と発言。しかし、日本代表ハリルホジッチ監督などは、「ドイツの激しいコンタクトがあるサッカーを学んでこられなかったのは残念だ」とこぼしていました。

見方を変えると、もしかしてホームシックにかかったのかもしれない山口蛍。帰ってきてしまったのは仕方ないので、セレッソ大阪では、ぜひトップスターになってほしいものです。

山口蛍と熱愛彼女や結婚の噂!出身高校、プロフィールは?

山口蛍の女性関係!恋愛や結婚はどうなっているの?

山口蛍は、ドイツ移籍まで経験したスター選手にして、セレッソ大阪でも生え抜きの一軍選手。日本代表として得点も決めていますから、さまざまな方面の女性から人気がありそうです。当然、彼女がいるのか、結婚を予定しているのか、という話が気になってきます。一部では、「ゆりぽん」というニックネームの一般女性と、海外資本スーパーのコストコに通っていたという情報がありました。

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しかし、こちらはどうやらガセネタのようで、「ゆりぽん」と特定された女性の存在は、いまだ明らかになっていません。山口蛍には、今現在、お付き合いしている特定の女性はいないようです。もちろん、結婚も二の次で、今はサッカー生活に集中している、ということでしょう。

ところで山口蛍の好みの女性のタイプは、大人っぽくて、家庭的な女性とのこと。彼女を募集中という情報もありますので、恋愛に関して全く興味がないというわけではなさそうです。もしかすると、これから数年のうちには、よい話が聞けるかもしれません。

山口蛍の出身高校は清明学院高校!名前の由来などプロフィールは?

山口蛍は、1990年、三重県名張市生まれの26歳。どんなときも輝いていられる存在であるようにという思いをこめて、「蛍」と命名されました。山口蛍は、小学生の頃、サッカーチームの監督をしていた父の影響もあってサッカーを始めます。名張市立赤目中学校に入る頃から頭角をあらわし始めた山口蛍は、入団試験で合格したセレッソ大阪のユースチームU-15に入団。清明学院高校時代は、同U-18に所属して主将を務めました。

その後の2009年、トップチーム選手として、セレッソ大坂に登録されます。2014年には、セレッソ大阪の主将にも任命され、中核選手として活躍しました。プロ昇格と同時に、日本代表U-21代表にも選出された山口蛍は、ロンドン五輪でイレブンをベスト4に導く功績を残します。

この頃から、世界でも通用するという評価は上がっていたのですが、ハノーファーへの移籍はうまくいきませんでした。山口蛍は、身長173cm、体重72kgと、小柄ではありますが、活動量の多さと、フィジカルの強さには特に定評があります。

山口蛍の今後はどうなるのか?日本代表で守備職人に徹するだけ?

山口蛍は、以前から、日本代表メンバーの中でも評価の高い選手でした。2014年のFIFAワールドカップ南アフリカ大会では、予選の2試合に参加。なんと、本田圭佑に次ぐ高得点の成績で評価されています。現日本代表ハリルホジッチ監督も、この点はもちろん考慮していることでしょう。こうした活躍から、海外チームスカウトの食指が動いて、山口蛍のハノーファー移籍に繋がりました。

結果として移籍に失敗した件はさておき、山口蛍を日本代表に起用することに、代表首脳陣はやぶさかではありません。特に、10月のイラク戦では、期待通り、特筆に値する得点劇を演出してみせた山口蛍。敵の、ミッドフィールダーから中盤の攻勢が厚い布陣になった難しい局面こそ、彼の出番になります。それは、日本代表の中盤のボール占有率を上げ、一気にカウンター攻勢に出る起点として、山口蛍が活躍するからです。

山口蛍は、中学から高校までの間に、守備と攻撃両方のボランチとしての経験を積んだ選手。パスと対人守備が得意な山口蛍だからこそ、このように難しい場面で要になれるのです。とはいえ、長谷部誠などといった中心選手の動きにあわせて、職人芸を果たす立ち位置にとどまっている山口蛍。ゲーム全体の流れを変えられる戦術スキルをもっと向上させていけば、より素晴らしい日本代表の中核となって、常に輝き続けられることでしょう。

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