山本寛斎 息子、娘、異母兄弟、弟伊勢谷友介、父、家族の現在は?「スーパーエネルギー日本元気プロジェクト2015」とは?

山本寛斎 息子、娘、異母兄弟、弟伊勢谷友介、父、家族の現在は?「スーパーエネルギー日本元気プロジェクト2015」とは?

山本寛斎 息子、娘、異母兄弟、弟伊勢谷友介、父、家族の現在は?

山本寛斎 俳優伊勢谷友介とは才能豊かなDNAを共有する異母兄弟

山本寛斎、1944年生まれ、71歳。

世界的なファッションデザイナーであり、今なお現役のイベントプロデュサーです。山本寛斎を語るとき、その一族のDNAといったものを考えざるを得ません。女優の山本未來は山本寛斎の娘であり、義理の息子が俳優の椎名桔平であることはよく知られています。けれども、今注目の俳優、伊勢谷友介が、山本寛斎の異母兄弟であることは、これまでほとんど知られていませんでした。兄、山本寛斎71歳。弟、伊勢谷友介は39歳。親子とも歳の違う二人は、生涯6回も結婚離婚を繰り返した父を持つ兄弟です。その父は、超一流の仕立屋でありながら破滅主義的性格からか、全国を放浪し離婚結婚を繰り返したよう。どうやら、彼ら一族のDNAは、日本人離れした長身・美貌に恵まれ、芸術的な才能を持つらしく、その中の、女性好きなDNAは、山本寛斎ではなく、弟・伊勢谷友介に色濃く受け継がれたようではあります。

山本寛斎は、日本で初めて海外コレクションを成功させたデザイナー

山本寛斎は、父のわがままで生母から引き離され、その父にも育児放棄されて、弟二人の面倒を見ながら苦労して育ちます。けれども、父の縫製の仕事を手伝ってもいて、これがファッション業界へ入るきっかけに。大学進学のため上京した山本寛斎は、生き別れだった母甲子さんと再会。洋装教室をしていた母の家で装苑賞の存在を知り、独学で応募します。その後はコシノジュンコ、細野久の元で働き、またたく間に独立へ。そして1971年、若干27歳にして、日本人で初めての海外コレクション「Kansai in London」で大成功を収め、ついに1975年、パリコレクションを開催します。以後の世界的な活躍は言うまでもありません。高齢となった母甲子さんは現在、山本寛斎の弟家族ともに穏やかな日々を送っているそうです。

山本寛斎 「スーパーエネルギー日本元気プロジェクト2015 」とは?

山本寛斎 真のグローバリストが立ち上げた「日本元気プロジェクト」

山本寛斎は、60年代終わりから70年代初頭にかけ、多くの学生たちが学生運動に身を投じていたときに、ファッションというフィールドで、ただ一人世界と戦っていました。ある意味で、山本寛斎こそ真のグローバリストといえるでしょう。70年代以降、ブームとして若者たちが世界に出かけることも多くなりましたが、経済情勢などが厳しくなるとすぐにまた内向きとなり、世界で勝負しようなどという元気な若者は減りつつあります。近年、国際情勢はますますグローバル化し、国家間の衝突や緊張感が増す中、日本は政治や経済、教育など様々なシステムが硬直化してしまって、人々はみんな元気を失っています。山本寛斎は、そんな日本に大きな危機感を描き、人々の夢を追いかける力、元気エネルギーを高める大きなプロジェクトを立ち上げました。それが「日本元気プロジェクト」です。ファッションを基盤とした総合エンターティメントイベントを通じて、日本の豊かな色彩、熱き文化、熱き心を世界に向けて発信。世界の国々に決して脅威とされず、期待され尊敬される国であることを発信するプロジェクトなのです。

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山本寛斎 日本元気プロジェクトKANSAIスーパーショー

それを具現化したものが、「日本元気プロジェクトKANSAIスーパーショー」です。山本寛斎が、これまで培ってきたファッションと、ステージングの全てのノウハウを詰め込み、日本の芸能界だけでなく、各界で活躍する「元気人間」がサプライズ出演する、まさにスーパーショーといえます。1993年ロシアを皮切りに、ベトナム、インドで開催されたこのショーは、2000年から2010年までは国内を中心に開催され、少し間を置いて、2014年トルコのイスタンブールで開催され、そして2015年、いよいよ東京での開催が決定したのです。

山本寛斎 『日本元気プロジェクト2015「スーパーエネルギー!!」Produced by KANSAI YAMAMOTO』ついに開催!

先日の6月12日、東京都の現代美術館で、『日本元気プロジェクト2015「スーパーエネルギー!!」Produced by KANSAI YAMAMOTO』が、満を持して開催されました。出演者には、千代の富士親方の娘秋元梢、女優の松田美由紀に、元体操選手の池谷幸雄。テクノアーティストのKENISHIやロッカーの内田裕也、お笑いコンビのジャルジャル、キャンドルアーティストのキャンドルジュンを始めとして、総勢200名の多彩な元気者が集まりました。出演者みんなが、山本寛斎による極彩色の衣裳を身にまとって多彩なパフォーマンスを披露し、会場は熱気と感動に包まれ、大盛況のうちにショーは終了しました。若い頃から常に世界と向かい合い勝負してきた山本寛斎だからこそ、日本のほんとうの素晴らしさが表現できるのかもしれません。その「ほんとう」が根っこにあるからこそ、山本寛斎の元に才能のある元気者が集まり、人はパフォーマンスに魅了されるのでしょう。それには、決してめげない明るい「元気エネルギー」が不可欠なのです。山本寛斎の存在はいつでも元気そのもの。大きく口を開け笑う姿は、エネルギーの塊そのものといっていいでしょう。山本寛斎は、未来の山本寛斎をめざす専門学校の生徒を前に、「周りの人から変わっていますねと言われたら、それは褒め言葉。世界の数多くの有名なアーティストも、みんな変わった人柄だった。優秀でも、手堅く得点を稼ぐような人は、世界で通用しない」と、失敗を恐れず前に進むことの重要性を若者たちに熱く語っています。山本寛斎、今年71歳。その才能と精力は未だ衰えることを知りません。日本のみならず、世界をも元気づけるそのエネルギー。次はどこへと向かっていくのでしょうか。

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