余貴美子と范文雀、ジュディオングが姉妹?いとこ同士?

余貴美子と范文雀、ジュディオングが姉妹?いとこ同士?

余貴美子と范文雀、ジュディオングが姉妹?いとこ同士?

余貴美子と范文雀はいとこ同士?

余貴美子、范文雀、ジュディオングが、姉妹とかいとこ同士と言われているようですが、本当でしょうか。まず、余貴美子と范文雀の関係ですが、台湾人の父と日本人の母の間に横浜市で生まれ育った余貴美子は、映画「ソロモンの偽証」や、ドラマ「Dr.倫太郎」にも出演していたベテラン女優。

范文雀もまた、台湾人の両親をもつ、日本生まれ日本育ちの日本の女優でした。ドラマ「サインはV」「アテンションプリーズ」や、梶芽衣子主演の「野良猫ロック」などへの出演や、寺尾聰との結婚・離婚で知られていますが、范文雀本人は、残念ながら悪性リンパ腫による心不全で2002年、54歳の時に亡くなっています。この2人の関係はというと、実は余貴美子の台湾人父と、范文雀の台湾人母が”実の姉弟”なんです。

つまり余貴美子と范文雀の関係は「いとこ同士」ということになりますね。余貴美子は、8歳上のいとこである范文雀に憧れて女優を目指したそうです。また、余貴美子の外国人登録証に記載された本籍は、台湾ではなく”中国広東省”。余貴美子と范文雀の祖先は、台湾へ移住してきた客家なんだそうです。

余貴美子とジュディオングが姉妹って本当?両親は?

余貴美子と、ジュディオングが姉妹という噂も、ネット上で飛び交っています。ということは、余貴美子と范文雀とジュディオングは「いとこ同士」という関係で全員繋がっていることになるのですが、どうもそれはなさそうです。余貴美子の父は、東京や横浜で、クラブやキャバレーなどを経営し、母は日本舞踊の師範です。

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一方、ジュディオングの父は、米軍GHQ報道工作員で、母は台湾人。余貴美子とジュディオングの両親が全く別人であることから、姉妹説は、全くのデマ。また、余貴美子は祖父の代から日本に移住していますが、そこには”日本で商売がしたい”という理由があり、どちらかというと親日派だったように思えます。

しかし、ジュディオングの祖父は、辛亥革命の歴史的人物。抗日活動に暗躍したとも言われていることから、余貴美子とジュディオングに血縁関係があるとも思えません。”姉妹説”の出どころは、ジュディオングの祖国が台湾であることと、余貴美子とジュディオングの顔が”そっくり”と言われていることから来ているのでしょうね。

余貴美子が結婚した夫、子供は?身長、体重、性格は?

余貴美子が結婚した夫、馴れ初めは?子供はいる?

余貴美子は、2006年3月、50歳を迎えた年に結婚を発表しました。夫の名前は、山下恒彦。余貴美子より2歳下で、結婚当初はNHK美術スタッフでしたが、現在はNHKチーフプロデューサーをされています。そんな2人の出会いがNHKだったことは言うまでもありません。

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結婚のきっかけは、余貴美子の出世作と言われている2001年のテレビドラマ「ちゅらさん」に出演していたことがきっかけだったそうです。もうすぐ結婚10年目を迎える余貴美子夫妻ですが、そこそこの熟年結婚だったためか、これまでに子供を産んだという話はありません。

余貴美子と夫の間の子供はいない確率のほうが高いですが、一方で、夫には過去に離婚歴があって、連れ子が1人いるという噂も。その連れ子が、余貴美子夫妻と生活を共にしているかどうかは明らかにされていませんが、戸籍上は子供がいることになっている可能性は否定できません。

余貴美子の身長、体重、性格は?「ハマのマリア」と呼ばれた凄みとは?

余貴美子は、公式プロフィールのよると、身長161㎝、体重56㎏です。なかなか健康的……というか、女優にしたら重量オーバーかな?と思ってしまいそうですが、おそらく豊満すぎるバストのせいではないでしょうか。余貴美子といえば、ナース服の胸元からはち切れてこぼれんばかりの豊か過ぎるバスト画像がたびたび話題になります。

そして、余貴美子の性格は、キリッとした見かけ通り、”明るくサバっとした姉御肌”。さらに、二日酔い知らずの酒豪なんだとか。高校時代は、横浜の伊勢佐木町や元町界隈のジャズ喫茶やライブハウスで”ヤンチャ”をやっていたという余貴美子。当時の女子高生としては相当ぶっ飛んでいたようで、バイクチーム「ケンタウロス」に出入りし、ロン毛の彼氏と交際していたそうです。

しかも美人だったことから「ハマのマリア」と呼ばれ、余貴美子のテーマソングまであったとか。まさに「姐さん」という感じです。余貴美子の結婚が遅かった理由は、そんじょそこらの男では太刀打ちできないような凄みのせいだったのかのしれません。

余貴美子の魅力!「私は美人演技派女優ではなく”美人女優”です」

余貴美子は、ベテラン女優でありながら、59歳とは思えないほどに、精力的に現在もありとあらゆる作品で活躍しています。老け役を演じさせても、やはり美しい余貴美子。父の反対を押し切って、芸能界入りとなった「オンシアター自由劇場」に入団したのが1976年、20歳の時でした。

1984年に自由劇場を退団し、翌年から「東京壱組」の初期メンバーとして戯曲を中心とした14公演に参加。その後の余貴美子は、テレビや映画に活躍の場を移していきます。先述した「ちゅらさん」で、広く認知されるようになった余貴美子は、2008年「おくりびと」、2009年「ディア・ドクター」で、2年連続日本アカデミー賞最優秀助演女優賞に輝きました。この”2年連続日本アカデミー賞最優秀賞受賞”は、あの高倉健や松坂慶子らに続く史上6人目の快挙だったそうです。

アバンギャルドでもあり、知的でもある妖艶さと、超実力を兼ね備えた余貴美子は、「おくりびと」が外国語映画賞した米アカデミー賞授賞式でも、名立たるハリウッド俳優たちに少しも引け劣らない凄みがありました。そこには、祖父の代で台湾から日本に渡り、裸一貫で失敗しては成功し、躓いては起き上がる商魂逞しい余一家の血筋があるのかもしれません。

さすが「ハマのマリア」とまで呼ばれ、肝の据わった余貴美子。「美人演技派女優」と呼ばれたら、「私は美人女優です」と言ってのけてしまうザクッとした感じと、あの機微深い演技とのギャップも、大変魅力的です。来年、再来年と、還暦を超えた美人女優・余貴美子がどんな味わいを極めていくかが楽しみですね。

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