ユージの壮絶人生!母、父、祖父がスゴかった!出身校「自由の森学園」が独特すぎる!

ユージの壮絶人生!母、父、祖父がスゴかった!出身校「自由の森学園」が独特すぎる!

ユージの壮絶人生!母、父、祖父がスゴかった!

ユージ、超セレブから貧乏ヤンキーの生い立ち!母、父、祖父はどんな人?

ユージは、元ヤンキーでかつ極度のマザコンというパーソナリティを持ったモデルでタレント。また、壮絶人生をかいくぐって来たことでも知られています。ユージの母・のり子は、米国で活動していた日本人モデル。父は「トランスポーター2」などで知られるハリウッド俳優のマイケル・ゴードン。祖父は、駐日ドミニカ共和国大使。さらに曾祖父は元ドミニカ共和国大統領という華麗なる一族の下、1987年9月9日、米国フロリダ州マイアミで生まれたユージ。

幼い頃は、マイアミの高級ホテルの49階を借り切って住まうという、絵に描いたようなセレブ生活を送っていました。ところが5歳の時、両親の離婚によって、母と共に東京都東村山市へ移ってからの暮らしは一転します。父に養育費や慰謝料を貰わなかった母は、仕事をいくつも掛け持ちし、生活を支えました。

一方、小学2年までインターナショナルスクールに通っていたユージは、「アンパンマン」などのアニメで日本語を習得し、日本の小学校に移りますが、ハーフであることをからかわれます。そんな学校生活が面白いわけもなく、また貧乏生活にも嫌気が差し、ユージは次第に非行の道へと堕落していきます。

ユージは母に刺殺されかけた!勘当、父との再会、更生まで

ユージの非行で特に母を悩ませたのは、暴走行為でした。ユージがバイク事故で長期入院した時には、ユージの母は「息子に天罰が下った」と喜んだそうです。しかし、退院後もユージの荒れた生活は改善されず、とうとう限界を超えた母はユージを置いて家を出てしまいました。2年ほど経ったある日、朝、ユージが目を覚ますと、出て行ったはずの母が包丁を手に自分に馬乗りになっていたそうです。

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そして「あなたを殺して私も死ぬ。あなたとは一生関わりません」と母に告げられます。1年後、米国に住む父の下へ向かいます。離婚以来一度も会っていないユージと父でしたが、1週間ほどで親友のように打ち解けられたそうです。父の仕事を垣間見る機会にも恵まれた米国での生活に、帰国したくない気持ちが芽生え始めていました。

ところが、父が買い与えてくれていた服や物が、実は日本にいる母が送ってくれた資金で賄われていたことを知ったユージ。すぐさま日本に帰国し、涙ながら母に更生を誓ったそうです。きっと、その反動もあって極度のマザコンになってしまったのでしょう。

ユージの出身校「自由の森学園」が独特すぎ!妻や子供は?

ユージの出身校「自由の森学園」にはテストがない!独特な校風はアーティスト向き?

ユージの出身校は、埼玉県飯能市にある「自由の森学園」です。大変に独特な校風であることで知られています。まず、「自由の森学園」にはテストがありません。ここでは「全ての生徒が人間らしい人間として成長を促す教育」を目的としており、点数や成績による序列化は、これを妨げると考えられているのです。前期後期ごとに配布される自己評価と教科担任のコメント評価表が、一般的な通知表がわりということになります。

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また、「自由の森学園」には、制服・校歌・校章・生徒手帳の類は存在しません。全ての行事が、生徒の実行委員会と教師の実行委員会が協議して行われるという生徒自治体制も特徴的です。過去には23歳の生徒が入学したりと、過年度生を受け入れるなどの柔軟性もあります。このような自由な校風の「自由の森学園」は、これまでにユージの他にも、俳優・吉岡秀隆や歌手・星野源など、多くのアーティストを輩出してきました。地方からの寮生も受け入れていますから、今後、芸の道を目指す若者からの注目度は高まっていくかもしれません。

ユージの妻はどんな人?3人の子供のパパが掲げる目標!

ユージは、2014年2月14日にオメデタ婚しています。妻との馴れ初めは、ユージ行き付けのバーで開かれたパーティ。ユージが未来の妻に一目惚れし、猛アタックの末に射止めたことから始まりました。ほどなくユージが彼女の家に遊びに行くと、そこには小学生の男の子が。実は、彼女はシングルマザーだったのです。ユージ自身も母子家庭で育っていることもあって、その後も順調に交際に進展。

ちなみに、ユージの妻は一般人ということで名前や画像などは未公開となっていますが、会社経営をしているセレブであることが知られています。かつてヤンキーだったユージも、現在は妻の連れ子である男の子と、2014年5月に生まれた女の子、2015年7月に生まれた女の子、計3人の子供のパパ。第3子誕生の時には「子供たちにユージ家に生まれてよかったと思わせたい」という目標を掲げるとともに、「妻には伝えきれない感謝の想いと、大好きで胸がいっぱい」と幸せを語っていました。

ユージの壮絶人生!母、妻、強い女性のガッチリガードでもう間違えない!

ユージが、父母譲りの容姿を活かして芸能活動を始めたのは2002年、荒れ狂っていた15歳の時でした。この頃は「永井有司」名義の子役モデルでしたが、デビュー直後から、黒澤清監督の映画「アカルイミライ」に出演していました。順調に見えた芸能生活でしたが、2005年にドラマ「ごくせん」第2シリーズのオーディションに合格するも、バイク事故のために出演が叶いませんでした。

しかし2008年には「ごくせん」第3シリーズに山本ユウジ役で返り咲きます。また、肺結核で休養を余儀なくされた親友のJOY枠で、バラエティでもブレイク。しかも、あれほど母に反発していたユージが、打ち合わせには母を同伴させ、仕事が終わったら必ず母に電話し、周囲に母の写真を見せたがるというほど、すっかり超マザコンキャラに転身します。付き合う彼女も「母審査」が存在したといいます。

そもそも母自身が、若き日に父に一目惚れし、両親に内緒で渡米してモデル活動を始めてしまった人物ですから、若気の至りで反発してしまったユージも、母の強さには感服していたに違いありません。そして、その「母審査」をパスしたユージの妻もまた、かなりの肝っ玉のようです。もう、ユージが道を間違えることなどなさそうですね。

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