由紀さおりと安田祥子姉妹「トルコ行進曲」が秀逸!結婚、子供は?

由紀さおりと安田祥子姉妹「トルコ行進曲」が秀逸!結婚、子供は?

由紀さおりと安田祥子姉妹「トルコ行進曲」が秀逸!挫折からの復活秘話!

由紀さおりと安田祥子姉妹海外でも絶賛

由紀さおりと安田祥子姉妹と言えば「童謡」を思い出す方も多いでしょうか。姉妹の歌声は日本人なら心の中に染みわたるものがありますね。由紀さおりと安田祥子姉妹の秀逸と言われている曲が「トルコ行進曲」です。ダバダバダ~ダバダバダ~♪と始まる曲ですね。

由紀さおりと安田祥子姉妹のトルコ行進曲を聞いたことが無い人でもクラシックのトルコ行進曲は一度は聞いたことがあるはずです。クラシックであるトルコ行進曲がスキャットの女王によって秀逸な曲に生まれ変わり由紀さおりと安田祥子姉妹の歌唱力は凄いと実感した人も多いでしょう。

由紀さおりの挫折からの復活秘話

由紀さおりは本名の安田章子名義で尾根の安田祥子と少女時代から童謡歌手として活躍していました。21歳の時、由紀さおりとして再デビューし「夜明けのスキャット」で大ヒットを飛ばし紅白歌合戦は常連のように出場します。しかし浮き沈みの激しい芸能界、出演依頼がピタッと止まってしまいます。しかし38歳の時、姉の安田祥子と2人で童謡コンサートをスタートさせ、童謡ブームを引き起こします。

由紀さおりは、37歳の時に子宮筋腫を患い、子宮内膜症も併発します。ホルモン治療という選択肢もありましたが、その治療により声が低くなってしまうこと、自分の声を愛してくれた母を悲しませたくないと、41歳の時に子宮の全摘手術を選択しました。手術後、「トルコ行進曲」でスキャットの女王が再復活を遂げます。

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また、63歳の時、ピンク・マルティーニとの共演で世界中でブレイク!自分の声を武器にしている歌い手、最後まで自分の声を大事にした由紀さおりだからこそ、挫折をしても諦めることなく復活を遂げられたのかもしれません。

由由紀さおりの結婚、子供は?いかりや長介も認めたコメディアンヌの才能

由紀さおりの結婚、子供は?

由紀さおりは、1969年、20歳の時に10歳年上の音楽ディレクターである大森昭男と結婚しています。しかし7年目に別居、14年目に離婚。大森氏との間に子供は無く、41歳の時に子宮を全摘しているので子供は産めない身体になっています。この手術後、柴富哲也と知り合い交際しました。

アメリカに在住していた柴富哲也の元へ、仕事を辞めて行こうと思っていた由紀さおり。しかし、母の猛反対を受け、アメリカに行くことを諦めて仕事を続けました。2000年に8年間の交際を経て事実婚の関係になりましたが、由紀さおりは仕事を辞めることが出来ず、58歳の時に別れてしまっています。

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由紀さおりは、いかりや長介も認めたコメディアンヌの才能とは

由紀さおりは、実力派歌手の顔だけではなく、バラエティ番組にも多く出演しています。「8時だヨ!全員集合」や「ドリフ大爆笑」にゲストとして、最多出場をしています。共演したいかりや長介から、由紀さおりのコメディアンヌとしての才能を認められ、重要なコントの「オチ」を任せられていました。

その後も「コメディーお江戸でござる」では、喜劇俳優伊東四朗と息の合った掛け合いを見せました。昔は殆どが生放送だったことから、由紀さおりの見事な才能が発揮されました。その後司会業や女優業での活躍も目立っていますよね。

由紀さおりというイノベーション

成功したかと思えば挫折を味わい、その度に自分自身をイノベーションし、新たな活動でまた復活してきた由紀さおり。こう書くと、簡潔なものになっていますが、本人はとても辛い時期を過ごしたのだと思います。その経験や元来の性格が、由紀さおりの歌声に反映しているよう感じます。

澄んだ歌声は、私たちの心に響きました。由紀さおりの歌う曲は、童謡や歌謡曲だから日本人の心に響きやすいのかな?と思いがちですが、現在は「世界の由紀さおり」として、歌声が各国で絶賛されています。ピンク・マルディーニとのコラボアルバム「1969」は、ジャズ風にアレンジされているので、ジャズに分類されているのですが、日本語の歌詞です。

アメリカ、カナダのジャズチャートで1位を記録。日本語の歌詞を、アメリカで理解して聞いている人は少ないでしょう。それでも売れている秘訣は、由紀さおりの透明感のある歌声。2012年には紫綬褒章(しじゅほうしょう)を授与されています。才能も勿論、持ち合わせていますが、歌を追い続けた結果が、現在の由紀さおりを作ったのです。目標を持って突き進む人はいつまでも綺麗ですね。

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