マドンナ「世界で最も売れた女性アーティスト」ギネス記録保持者!

マドンナ「世界で最も売れた女性アーティスト」ギネス記録保持者!

マドンナ「世界で最も売れた女性アーティスト」ギネス記録保持者!

マドンナ、「全世界で最も売れた女性アーティスト」ギネス記録保持者!稼ぎっぷりも世界ランク!

マドンナは、デビュー以来数多くのヒットを生み出している「ポップスの女王」。全世界での総セールスは女性アーティスト最高の3億枚以上を記録!シングルとアルバムの全世界での総セールスは、女性アーティスト最高の3億枚以上を記録し、ギネス記録保持者に認定されるという栄誉を手にしています、『ギネス・ワールド・レコーズ』で、「全世界で最も売れた女性レコーディング・アーティスト」、そして「史上最も成功した女性アーティスト」とされているのです。

ほかにもマドンナが手にした称号は、主に以下の通り。ケーブルテレビVH1から「音楽界で最も偉大な女性アーティスト」第1位選出、ローリング・ストーン誌「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100組のアーティスト」では第36位、ビルボード誌による「チャート史上最も成功したトップ100のアーティスト」の中では第2位に選ばれています。2008年には、ロックの殿堂入りを果たし、米国タイム誌も「過去1世紀で最も影響力を持つ25人の女性」の一人に選出。

当然、マドンナの稼ぎっぷりも世界レベルで、2008年1月には米経済誌フォーブス誌(電子版)発表の「2007年6月まで1年間で最も収入の多かった女性シンガー」ランキングでは、収入が7200万ドル(約76億円)で1位にランクイン。2010年12月には同じ米経済誌フォーブス誌「エンターテインメント業界で最も稼いだ人物」によると、5800万ドル (日本円で約47億5600万円) で15位にランクインしています。

マドンナ、ゴールデン・グローブ賞主演女優賞を受賞!「ポップスの女王」は健在!

マドンナは、「ポップスの女王」として、今なお強烈な存在感を放ちます。大胆で挑発的なイメージとみなぎるオーラ、キレのよいダンスなど、年齢を重ね、ますますマドンナのエンターテイナーぶりは健在です。しかし、レコード会社の設立、映画や舞台への出演、そして近年では児童書の執筆や、映画監督など、マドンナの活動は音楽にとどまりません。1996年の映画「エビータ」では、エバ・ペロン役で主演し、自らの歌唱力を生かした演技が高く評価され、ゴールデン・グローブ賞の主演女優賞を受賞しています。

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マドンナのプロフィールは、1958年8月16日生まれの57歳。アメリカ合衆国ミシガン州出身です。本名はマドンナ・ルイーズ・ヴェロニカ・チッコーネ(Madonna Louise Ciccone)。田舎からニューヨークに単身飛び出し、ダンサーなど下積み時代を経て、1982年デビューしました。1984年にリリースしたシングル「ライク・ア・ヴァージン」が大ヒットした後は、一躍、世界的な知名度を誇るスターダムに上り詰めます。

MTVの到来により人気を得たミュージック・ビデオを駆使しながら、ポップアートと音楽を融合したマドンナの成功ぶりは、日本でも「マドンナ旋風」と呼ばれる現象を巻き起こしたほどです。マドンナは、セックス・シンボルとして不動の位置を固めますが、その後はイメージの変遷が見られつつ、現在に至っています。

マドンナ名言から得るもの!結婚相手、子供は?

マドンナ、名言から得る成功へのヒント!「私は絶対につぶされずに生き残る人間」

マドンナが、現在の成功を得ることができたのは、人並み以上の努力と強靭な精神があったからです。そんな勝気な性格や行動は、マドンナの残した数々の名言にも顕著に示されています。故郷を出て行く際は、「歌とダンスで絶対に成功してやる!」と心に固く誓ったマドンナ。単身ニューヨークに出てきたときは、ポケットに35ドルしかありませんでした。

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成功への道のりは険しいものでしたが「私は絶対につぶされずに生き残る人間だもの。わたしはゴキブリみたいな人間よ。退治するなんて、できっこないわ」という言葉の通り、決してつぶされることなく、しぶとく生き残りました。「1000年子羊として生きるなら、1日をライオンとして生きるほうがいいわ」と言葉には、トップに立って絶対に成功するという気概があふれています。

「私はタフで、大きな野心があるし、自分のめざしているものがはっきり見えているの」というように、マドンナの目標はいつでも非常に明確です。そして「神と同じくらい有名になるまで、私は満足しないわ」という名言からは、旺盛などん欲さも示されています。マドンナくらい強烈な意志と自己主張の裏付けがないと成功を勝ち取れないのが、アメリカのショービジネスの現実なのかもしれません。

マドンナ、結婚相手2人以外にも華やかな交際歴!2人の実の子供以外にも養子2人!

マドンナはまた、恋多き女としても知られ、名だたるセレブとの交際歴も華やかです。結婚歴も2回を数えています。これまでのマドンナの結婚相手は、俳優ショーン・ペン、映画監督ガイ・リッチーがいます。1回目の夫ショーン・ペンとマドンナは1985年に結婚し、4年の結婚生活を経て1989年に離婚しています。続いてのマドンナの結婚相手がガイ・リッチー。1999年から交際を始め、2000年に結婚。2人の間にもうけた子供は、長男のロッコ・リッチーがいますが、数年で冷え切った夫婦生活は元に戻ることなく、2008年には離婚に至っています。

のちにガイ・リッチーとの結婚生活を振り返ったマドンナは、「まるで投獄されているような気分だった」とコメント。また、正式な結婚相手ではありませんが、パーソナルトレーナーだったカルロス・レオンとは1994年から1997年まで3年間交際し、娘のローデス・マリア・チッコーネ・レオンをさずかっていますが、やはり破局に至っています。

ほかにも、大物政治家のジョン・F・ケネディ・ジュニアや、歌手のプリンス、プロバスケットボールのデニス・ロッドマンなど、短期間ではありますが、交際相手として名前が挙がる人物は枚挙にいとまがありません。マドンナが数年前から交際しているバックダンサーのブラヒム・ザイバットとは、30歳年下カップルとして噂になっています。なお、マドンナは実子以外の子供として、マーシー・ジェームス、デイヴィッド・バンダの2人を養子に迎えています。

マドンナ、パリ同時テロ追悼の広場で即席ゲリラライブ!アメリカのポップ・カルチャーの象徴!

マドンナが、130名が犠牲となった11月の同時多発テロの犠牲者の追悼広場となっている、パリ市中心部のレピュブリック(共和国)広場で、ゲリラ的な即席コンサートを開催しました。アコーホテルズ・アリーナでのコンサート終了後、Twitterに「レピュブリック広場で歌っています。会いに来て」と投稿し、ライブ予告。マドンナの熱唱がネットに投稿されるまでに時間はかかりませんでした。マドンナがライブで歌ったのが「Like A Prayer」。古いヒット曲ながら、現在でも、マドンナのライブではハイライトとして欠かせない名曲ですが、ミュージック・ビデオでの表現をめぐり、カトリック系の宗教団体から激しい非難が殺到するなど全米中の物議を醸したこの曲。

しかし、マドンナは「Like A Prayer」を通じて、アメリカ社会に存在するさまざまなタブーを打ち破ることが、真に自由で解放された表現につながるという、実にマドンナらしい強烈なメッセージ発信を行ったのです。マドンナの出自であるダンス・パフォーマンスや、ビジュアル、巧みなイメージ戦略とキャラクター作りなど、スターであるマドンナを形作っている要素は多岐にわたります。

いわば、マドンナという存在がアメリカのポップ・カルチャーの象徴。「究極のチャレンジは、独自のスタイルと魅力を確立すること」と語るマドンナ。並外れた努力と強靭な精神で成功を重ねてきたマドンナは、今後も、刺激的なミュージックシーンを提供してくれることでしょう。

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