中川家剛 病気(パニック障害)の原因、症状は?弟・礼二と乗り越えた兄弟秘話

中川家剛 病気(パニック障害)の原因、症状は?弟・礼二と乗り越えた兄弟秘話

中川家剛 病気(パニック障害)の原因、症状は?弟・礼二と再度の入院を乗り越えた兄弟秘話

中川家剛 パニック障害の原因は?

中川家は、小柄な兄剛、ガタイの大きい弟礼二の兄弟漫才コンビです。東のナイツ、西の中川家と言われるように、正統派漫才として、漫才団塊世代の中では他のコンビより頭一つ抜けた存在といえます。

兄なのに、頼りない印象がある中川家剛ですが、漫才師になろうと決意したのはむしろ剛のほう。どうせコンビを組むのならばと、すでに就職していた弟の礼二を誘ったそうです。そんな中川家剛が、デビュー後しばらくして、パニック障害に見舞われました。中川家はデビュー当時からその実力が認められ、仕事も順調かに見えましたが、そのプレッシャーは並々ならないものがあったようです。

すい炎による入院騒動はあるものの、パニック障害の兆候などまるでなかった中川家剛。しかし、電車に乗れない、過呼吸で倒れそうになるなどの症状に悩まされるように。その後、中川家は、多くのレギュラー番組を次々と失うはめになります。

中川家剛 礼二の献身的サポートからM-1グランプリ王者へ、アホの坂田や明石屋さんまの荒っぽい励まし

パニック障害に見舞われていても、礼二の才能を一番理解していた中川家剛は、礼二に、自分はもうアカンから辞めようと思うが、礼二は仕事を続けるように、と言ったそうです。しかし礼二は、もう1年がんばって、アカンかったら辞めたらええと、その後も献身的なサポートを続けます。

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また先輩芸人たちも、中川家剛に救いの手を差し出します。坂田利夫師匠は、「いっそ開き直って、アホなまんまでやったらええねん」と励まし、明石屋さんまはさらに荒療治に出ます。フジテレビ「明石屋マンション物語」のレギュラーに中川家を自らが起用し、番組打合せの初端、スタッフ全員の前で中川家剛を、「おお、パニックマン!」と呼びかけます。

動転する剛にもかまわず、「なったもんは仕方がない。額にPの字貼って、パニックマンのコントでもやったらええねん」と言い放ったのです。しかし、これは明石家さんまの中川家剛にたいする深い優しさでした。明石家さんまが、中川家剛がパニック障害であることを承知した上で起用したことをスタッフに納得させ、剛の気遣いを少しでも和らげるためでした。

剛の闘病は1997年から2001年まで続きますが、礼二のサポートや先輩たちの励ましによって、症状をありのままに受け止めた剛は、パニック障害を少しずつ克服していきます。そして2001年、中川家は復活を賭けて第一回M-1グランプリに出演し、見事優勝を果たしたのです。その後の活躍はいうまでもありません。

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中川家・剛  嫁、双子の子供は?身長、体重、性格は?

中川家剛、意外に早くに結婚、双子の男の子のパパ

中川家の剛は、パニック障害を克服したものの、その後幾度か膵炎で倒れて入院を繰り返しています。膵炎は暴飲暴食が主な原因ですが、過労やストレスなどが影響するともいわれています。中学時代は弟とともにラクビーをしていた剛ですが、身長は161cmと小柄で、体重も50kgを切っているような華奢な体。

中川家剛にとって芸能界の仕事は、意外にハードなのかもしれません。そんな中川家剛の結婚は2003年。M-1グランプリ王者となって、パニック障害も克服し少し落ち着いた頃でしょうか。剛の嫁は一般女性で、子供は、すでに中学生になる、碧(あお)君、天(てん)君という双子の男の子がいます。

中川家剛 以外に沈着冷静、腹が据わった性格

漫才ではボケ役であり、パニック障害や度重なる体調不良の入院などで、公私ともに頼りなさそうな兄の中川家剛ですが、プライベートでは剛が威厳を保っています。剛の性格も意外に落ち着いていて、腹も据わっているとか。弟の礼二が常に「お兄ちゃん」と慕って呼ぶことから、剛は、芸人仲間からもお兄ちゃんと呼ばれています。

またネタ作りも礼二が全て作っているようにみえますが、ネタの基本構成は中川家剛が作り、幾度も舞台にかけながら、お互いがネタを練り込んでいくようです。モノマネもまた、礼二のものが目につきますが、剛は、「途中で鳴くのをやめる犬」、「エサを食べたがらないヤギ」「ラジオのチューニング」「iPodの音漏れ」など、細かな形態模写に、独特のシュールな面白さがあります。

中川家剛 中川家の長男として中川家礼二とともに正統派漫才を貫く!

あまり知られていませんが、中川家剛は本も出しています。タイトルは、「クリスマスには焼き魚にローソクを」。中川兄弟の小さい頃の思い出、そして、粗野でどこか変な大阪のオッサンの一典型ともいえる、彼らの父親について語っています。この小説は、とんでもないエピソードが淡々と綴られていることに格別の面白みがあります。

また、かつてビートたけしが書いた自伝「たけしくん、はい!」にもあるように、時代が変わっても、下町に生きる庶民の超リアルで切実な貧乏は不変であることがわかります。いずれにせよ剛は、まわりだけでなく家族や自分自身までを観察対象として、鋭く観察し克明に記憶してきたのでしょう。これが、その後の漫才ネタに大きく貢献しているのは他でもありません。

順風満帆にみえた中川家ですら、芸能界での道のりはそう楽ではありませんでした。剛が見舞われたパニック障害や、礼二の離婚、剛の度重なる体調不良など、それらを乗り越えてこられたのは、やはり兄弟で漫才をやりたいという二人の強い気持ちがあったからでしょう。中川家にはこれからも、既に亡くなられた兄弟漫才の大看板、夢路いとし喜味こいし師匠のように、末永く正統派漫才を続けてほしいものです。

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