ギャオス内藤(内藤尚行)はヤクルトで活躍した右の本格派!解説に里崎智也が激怒?!

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ギャオス内藤(内藤尚行)はヤクルトで活躍した右の本格派!植毛体験を赤裸々告白!

ギャオス内藤(内藤尚行)はヤクルトで活躍した右の本格派!現在、新橋の居酒屋に出没?

ギャオス内藤こと内藤尚行は、1990年頃にヤクルトスワローズのエースとして君臨した右投げの本格派投手です。低めに決まる重い速球とスライダーを武器に、通算11年に及ぶ現役生活で36勝をあげています。ニックネームにもなった怪獣「ギャオス」を彷彿させる187cmに94kgの巨漢で、マウンドで「ギャオー!」などと叫ぶパフォーマンスはファンに大人気でした。

1997年シーズンで引退してからは、ギャオス内藤を芸名として、野球解説者やタレントとして活躍。明るく親しみやすいキャラクターで、新橋にある立ち飲み屋「Touch know me(タッチノウミー)」で1日店長を務めることもしばしばとか。ギャオス内藤が考案した細切り唐揚げも人気メニューで、SNSでは、新橋の居酒屋で酒盛りするギャオス内藤の出没情報もよく見られます。

ギャオス内藤(内藤尚行)が植毛体験を赤裸々告白!薄毛の悩みを中野浩一に相談!

ギャオス内藤(内藤尚行)は、1968年7月24日生まれで愛知県豊川市出身です。地元の豊川高校に進学し、1986年に、ドラフト3位でヤクルトスワローズに入団しました。関根潤三や野村克也という名監督の元で、先発、中継ぎ、抑えと大車輪の活躍を見せましたが、疲労とひじの故障により、24歳だった1992年に長期離脱をしてしまいます。

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ちょうどその頃から、ギャオス内藤は薄毛にも悩むようになりました。そんなギャオス内藤は、プロ野球を引退後にゴルフ場で偶然居合わせた元競輪選手の中野浩一に薄毛を相談。アートネイチャーのCMにも出演していて同じく薄毛の中野浩一から植毛を薦められ、2012年11月に、アイランドタワークリニックで薄毛治療のため自毛植毛を行いました。

この時、ギャオス内藤は34歳。その後は、その植毛体験を赤裸々に告白し、自身と同じように薄毛で悩む人々にアドバイスを発信しています。

ギャオス内藤(内藤尚行)の解説に里崎智也が激怒?!”ギャオス”の名付け親は小谷投手コーチ

ギャオス内藤(内藤尚行)の解説に元ロッテの里崎智也が激怒?!

ギャオス内藤(内藤尚行)は、スポーツ専門チャンネル「J SPORTS」で、千葉ロッテマリーンズのホームゲームを中心に野球解説を行っています。しかし、ロッテで長年プレーし、現在はロッテのスペシャルアドバイザーを務める同じ野球解説者の里崎智也が、テレビ東京の「リトルトーキョーライフ」で「ありえない解説者」としてギャオス内藤の名前を挙げました。

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里崎智也は「ここは気持ちで勝負」「ここは気持ちで打ってもらいたい」などと抽象的な精神論が多いギャオス内藤の解説に、「気持ちで勝てるほどプロ野球は甘くないんですよ」と一喝。「技術と理論で解説してほしい」と語りました。また、女優が始球式をした際に、「里崎がしっかり握手をしていますね」とわざわざギャオス内藤が伝えたことについても、「言わなくてもいいことを言って僕の好感度を下げるな!」と言及。先輩であるギャオス内藤に吠えたことで、スタジオは大爆笑に包まれました。

ギャオス内藤(内藤尚行)の成績は?ギャオスの名付け親は小谷投手コーチ!

ギャオス内藤(内藤尚行)は、現役時代に、ヤクルトスワローズ(8シーズン)、千葉ロッテマリーンズ(1.5シーズン)、中日ドラゴンズ(1.5シーズン)を渡り歩き、計11年プレーしました。通算成績は36勝29敗26セーブ、防御率3.96。勝ち星とセーブのほとんどは2年~6年目の5シーズンに挙げたもので、7年目以降は、ケガの影響もあり納得のいく成績を収めることができませんでした。

ギャオス内藤という芸名の由来は、ルーキーイヤーだった1987年のキャンプ中、投手コーチの小谷正勝が、「ブルペンにギャーギャーうるさい新人がいる。ギャオスでいい」と記者に言ったことがきっかけとか。首脳陣にアピールするため、プルペンで「よっしゃー!」などと大声を出しつつ投球練習したことが、後にニックネームとなり、引退後は芸名になっています。

ギャオス内藤(内藤尚行)が高校野球東愛知大会決勝戦で始球式!

ギャオス内藤(内藤尚行)は、2018年7月27日に、岡崎市民球場で行われた第100回全国高校野球選手権の東愛知大会決勝戦の始球式に、母校・豊川高校のユニフォームを着て登場しました。場内アナウンスで名前がコールされると、コミカルな動きで観客の笑いを誘っています。ユーモラスなキャラで知られるギャオス内藤の最も有名なエピソードは、1990年4月7日に東京ドームで行われた読売ジャイアンツ対ヤクルトスワローズのシーズン開幕戦で起こった、「疑惑のホームラン事件」でしょう。

若干21歳で開幕投手としてマウンドに上がり、読売ジャイアンツと対戦したギャオス内藤は、7回まで1失点と好投していました。しかし、3対1とヤクルトスワローズが2点リードした8回裏一死二塁の場面で、巨人の篠塚利夫の大ファールがホームランと誤審されてしまいます。

マウンド上のギャオス内藤は、グラウンドに両ヒザを着いて涙目で絶叫。結果、ヤクルトスワローズは延長の末に逆転負けを喫し、ギャオス内藤は悲劇のヒーローと呼ばれました。このシーズンから審判が6人から4人に変わったこともあり、当時は大論争となりました。しかし、こういった事件と遭遇するのもスターゆえでしょう。

大記録は残せなかったものの、天性の明るさとスター性で記憶に残る名投手ギャオス内藤。野球解説者やタレントとしてのギャオス内藤の今後にも期待しましょう。

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