岸谷五朗のヤンキー伝説!?寺脇康文が語った最強エピソード!

岸谷五朗のヤンキー伝説!?寺脇康文が語った最強エピソード!

岸谷五朗のヤンキー伝説!?異名は「三多摩の五朗」だった!

岸谷五朗は、幅広い役柄を演じ分けられる実力派人気俳優ですが、若い頃は喧嘩三昧の日々を過ごすヤンキーだったという噂があります。「不良で、喧嘩っ早くて、キレやすかった」とは、岸谷五朗本人も認めているところ。多摩周辺では「三多摩の五朗」と異名が付くほど有名だったそうなので、よほど喧嘩が強かったのでしょう。

岸谷五朗がバイオレンスな役柄を演じる際に見せる凄みは、ヤンキーだった頃の経験を活かしているのかも知れません。その後、岸谷五朗は、中央大学在学中に、三宅裕司主催の劇団「スーパー・エキセントリック・シアター」に入団し、後から入った寺脇康文と出会って意気投合。共に、地球ゴージャスという演劇ユニットを立ち上げることになります。

岸谷五朗は、「スーパー・エキセントリック・シアター」に入団するために送った履歴書に、特攻服姿の写真を貼り、三宅裕司を驚かせたそう。何とも岸谷五朗らしいアピールの仕方ですね。

岸谷五朗について寺脇康文が語った最強エピソード!渋谷センター街で撃退した!?

岸谷五朗と寺脇康文が、2人一緒にテレビ番組に出演した際のことです。「出会った中で最強の男は誰?」という質問に、寺脇康文が、「名前は伏せますけど、K谷五朗」と答え、岸谷五朗の最強エピソードについて話し、話題となりました。

そのエピソードによると、岸谷五朗と寺脇康文が20代の頃、小倉久寛や若手俳優らと共に渋谷のセンター街を歩いていたところ、酔っ払いの若者たちが小倉久寛にわざとぶつかり、絡んできたそうです。それを岸谷五朗が、その若者たちを路地裏に連れ込み、5分経過。

そして戻ってくると、若者は「どうもすみませんでした!」と平謝りし、すぐに立ち去ったのだとか。路地裏での会話や行動について聞かれても、「全然言えない」と、語らなかった岸谷五朗。絡んできた相手を、たった5分で謝らせるとは、路地裏では、よほど迫力のある裏の顔を見せていたのではないでしょうか。

岸谷五朗と妻・奥居香の結婚馴れ初めインパクト大!子供の名前や学校は?

岸谷五朗と妻・奥居香の結婚馴れ初めはインパクト大!ラジオで喧嘩勃発?

岸谷五朗と妻・奥居香は、1996年6月28日に結婚をしました。2人の馴れ初めは、岸谷五朗が、自身のラジオ番組「レディオクラブ発射寸前」に奥居香を呼んだことがきっかけです。番組中には、岸谷五朗が、「このアマ!」と暴言を吐いたこともあったようですが、その後もたびたびお互いの番組に遊びに来るなど、交流を深める内に交際に至った2人。番組内でも、デートの様子を隠すことなく話していました。

プロポーズの言葉は、「オレと一緒に記者会見を開きませんか」。自宅でビールを飲み、柿の種をつまみながら、岸谷五朗がそう切り出すと、奥居香が「そうしますかー」と答えて、めでたくゴールイン。日常生活に溶け込むようなプロポーズからも、2人がいかに自然体な夫婦であるかが伝わってきますね。

岸谷五朗の子供の名前や学校は?息子はお受験に成功!

岸谷五朗と妻・奥居香が1996年に結婚した5年後、2001年に長男が誕生し、2003年には長女が生まれました。子供の名前は明かされていませんが、奥居香のブログによると、息子のことをチビゴ、娘のことはチビカと呼んでいるようです。奥居香は自他ともに認める熱心な教育ママで、「子育てには絶対に手を抜かない」と公言し、子供たちの受験についても徹底サポート。

岸谷五朗と奥居香の息子が受験した中学校として名前が挙がっているのは、開成、慶應、聖光学院、早稲田実業。実際に通っていると見られる最も有力な中学校は、早稲田実業ですが、聖光学院との噂もあります。娘については、通っていたと見られる小学校としては成蹊小学校が有力で、中学もそのまま成蹊中学校に進んでいるのではと噂されています。

習い事がとても多いといわれる2人の子供たちですが、それも、子供の可能性を少しでも伸ばしてあげようという親心からなのでしょう。

岸谷五朗&寺脇康文主催の24回目を迎えるエイズ啓発イベントへの想いとは?

岸谷五朗と寺脇康文の呼びかけで始まった、今年で24回目となる「Act Against AIDS 2016『THE VARIETY 24』~魂の俳優大熱唱!助けてミュージシャン!~」(通称AAA)が、2016年も12月1日に日本武道館で行われます。このイベントは、岸谷五朗のラジオ番組に、HIV患者の14歳の少女から1通の手紙が届いたことがきっかけで始まりました。

手紙に”病気そのものではなくて、怖いのは差別”と書いてあったのを見た岸谷五朗は、エイズの現状や知識を正しく伝えることを目的としたイベントを開催することを決意。若い世代にも集まってもらえるように、俳優や、タレント、歌手を中心とした豪華アーティストたちをゲストに迎えた、一大チャリティーエンターテインメントショーをスタートします。

こうしてAAAは、毎年、エイズデーである12月1日に行われるようになりました。AAAでは、出演者はノーギャラです。収益金は全額が、国内外のHIV感染者への支援関連にあてられており、来場者は、配布された小冊子で、エイズについて正しい知識を得ることができるようになっています。

寺脇康文はこのイベントについて、エイズに苦しむ人たちがいなくなるためのイベントなので、こんなライブは本当はないほうが良いとしながらも、「苦しんでいる子供たちがいる限りは、まだまだ続けていかないといけない」と複雑な心境を語りました。

岸谷五朗は、「人前に立つという、神様が我々に与えてくれた唯一の力を、エイズと戦っている子供たちに使いたい」と力強く話しています。1人でもエイズに苦しむ人がいる限り、岸谷五朗と寺脇康文の挑戦は今後も続き、イベントの賛同者も増え続けていくことでしょう。

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