重友梨佐のプロフィール!マラソン日本代表選手にしては太り過ぎ!?

重友梨佐のプロフィール!マラソン日本代表選手にしては太り過ぎ!?

重友梨佐のプロフィールは?

重友梨佐(しげともりさ)は、1987年8月29日生まれで、2017年に30歳となるマラソン選手です。出身は、日本六古窯のひとつ備前焼でも有名な岡山県備前市。瀬戸内海に面した漁業の町でもありますが、北東部には標高300mから500mの高原地帯、南西部は岡山平野が開け、北から流れる吉井川で潤う自然豊かな町です。

そんな備前市で育った重友梨佐は、幼い頃から、備前の山を走り回っていたといいます。陸上を始めたのは小学校3年生のときで、備前市ジュニア陸上競技クラブに所属し、中学3年生まで指導を受けました。長距離選手としての基礎を本格的に身につけたのは、県内にある興譲館高等学校へ進学してからです。

高校卒業後は、備前市ジュニア陸上競技クラブに指導に訪れていた天満屋の選手たちへの憧れもあって同社へ入社。天満屋女子陸上競技部の武富監督から、「体の軸がぶれない。天性の力だよ」とお墨付きをもらったのは小学校5年生の時だったという重友梨佐。社会人となってから、恵まれた陸上センスをいよいよ開花させていきました。

重友梨佐は太りすぎ?!マラソン日本代表選手にはいないスタミナ型?

重友梨佐は、マラソンに挑戦してわずか2回目だった大阪国際女子マラソンで優勝し、代表に選出され、2012年に開催されたロンドンオリンピックに、マラソン女子日本代表選手として出場しました。しかし、オリンピックが2カ月後に迫った6月に、あろうことか右足首を負傷。怪我をおして出場したものの79位と不本意な結果に終わり、悔しい思いをしました。

ロンドンオリンピックに出場した際には、「太りすぎて足が重そう」「下腹がぽっこりしている」など、太りすぎとの指摘が相次いだ重友梨佐は、「妊娠しているのでは」とまで言われる始末……。その原因は、足を負傷し、思うように体を絞れなかったことにありました。

実は、重友梨佐は、天満屋に入社した当初から、「ケガをしては太り、太ってはケガをする」を繰り返していたそうです。スタミナ重視のランニングスタイルが強みの重友梨佐にとって、パワーを蓄えつつも走りを邪魔しない体重のコントロールは課題ともいえます。

重友梨佐の父親や家族は?主なマラソン国際大会の成績は?

重友梨佐の家族は?父親の存在は?

重友梨佐は母子家庭に育ち、祖父が父親代わりでした。そんな祖父から教わったのか、特技はけん玉だそうです。どういった経緯で母子家庭となったのかについては明かされていませんが、そのような生い立ちが、マラソン選手に不可欠な我慢強い性格をつくり、粘りのある走りに繋がっているのかも知れません。

重友梨佐が出場する大会には、母親や祖父が毎回応援に駆け付けてくれるといいます。家族の愛情に包まれていい走りを見せる重友梨佐の姿に、母親や祖父もまた、幸せな気持ちになっているに違いありません。

重友梨佐の成績は?スランプに悩みながらも大阪国際女子マラソンでリベンジ達成

重友梨佐がマラソンに初めて挑戦したのはロンドンマラソンでしたが、調整に失敗し、苦いデビューとなってしまいました。続く2回目のマラソン挑戦となった2012年大阪国際女子マラソンで、歴代9位となる好タイムで優勝を飾っています。同時に、ロンドンオリンピック日本代表に選出されましたが、直前のケガの影響で惨敗した重友梨佐は、その後のマラソンでもことごとく負け続けました。

2013年8月の北海道マラソン13位から始まり、11月ニューヨークシティマラソン11位、2014年に出場した2回目となる大阪国際女子マラソンでは2時間58分台の64位とスランプ続き。自身3回目の出場となった2015年大阪国際女子マラソンで、日本人選手としてはトップの総合3位をマークしてから、ようやく調子を取り戻しはじめます。そして2017年1月、参加5回目となる大阪国際女子マラソンで、2回目の優勝を成しとげ、見事にリベンジを果たしました。

重友梨佐「ネガティブ・スピリット」走法で優勝して世界陸上代表に名乗りを挙げた!

重友梨佐は、2017年1月、大阪国際女子マラソンで自身2回目となる優勝を飾り、世界陸上代表に名乗りを挙げました。ロンドンオリンピックの惨敗から這い上がり、力を付けた走りを見せた重友梨佐は、今までの積極的な走りからは真逆となる「ネガティブ・スピリット」走法を取り入れています。

「ネガティブ・スピリット」とは、前半を抑えて後半にペースアップする走法で、海外選手の間では主流だそうです。現在、日本の女子マラソン界は、2004年アテネオリンピックで野口みずきが金メダルを獲って以来、「メダルなし」続き。そこで、日本陸連が断行したのが、「ネガティブ・スピリット」への戦略切り替えという一大改革でした。これまでの国際大会代表選出にあたっては、積極的にレースを引っ張る選手が選ばれる傾向にあった日本陸連。

しかしこれからは、「積極性」重視ではなく、後半に力を出せる選手を選んでいくということです。今回の大阪国際女子マラソンでの重友梨佐の前半と後半のタイムを比べると、前半が1時間12分10秒で、後半が1時間12分12秒。後半が2秒遅いものの、このタイムが、「ネガティブ・スピリット」指針の成果として評価されました。リオオリンピックで14位だった福士加代子の前半と後半のタイムを比べると、後半が3分47秒も遅い結果です。

これを見ても、重友梨佐が「ネガティブ・スピリット」走法を実現できていたことが分かります。瀬古利彦マラソン強化戦略プロジェクトリーダーによると、まだ模索段階の指針だということですが、課題に向き合い、具体的な取り組みを開始させた女子マラソン。重友梨佐らの今後の走りに期待が高まります。

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