ボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞した理由!受賞作品は?
ボブ・ディランのノーベル文学賞授賞理由と名曲「風に吹かれて」
ボブ・ディランは、1941年生まれの75歳。今も、現役で音楽活動を続けるシンガーソングライターです。ミュージシャンでありながら、2016年度のノーベル文学賞を受賞したことで、世間を驚かせました。ノーベル文学賞の対象となる特定の受賞作品については触れられていませんが、授賞理由としては、「アメリカの輝かしい楽曲の伝統の中で、新しい詩的表現を生み出してきたこと」が挙げられています。
今回の授賞には、多分に、彼の初期の楽曲が意識されていることは間違いありません。中でも、ボブ・ディランを伝説のフォークシンガーに祭り上げた、1963年の「風に吹かれて」は、アメリカ公民権運動やベトナム戦争におけるプロテストソングとして、当時のアメリカの若者たちを熱狂させました。そしてこの曲は、アメリカだけでなく、世界各国で、既存体制に反旗を翻す若者たちのシンボルソングとして歌われるようになります。
ボブ・ディランは60年代を代表する反体制フォークシンガーだった
ボブ・ディランは、1962年に、フォーク歌手としてデビューしました。以後は、フォークやロックというジャンルにとらわれず、寓話的・抽象的な歌詞でありながら、極めてメッセージ性の強い独自の楽曲で、「ローリング・ストーン(アメリカのカルチャー雑誌)の選ぶ歴史上最も偉大な100人のソングライター」の第1位を獲得。世界中に多くの熱心なファンがいることで知られています。
ボブ・ディランの2016年度のノーベル文学賞受賞は、ミュージシャンとしては初の快挙。しかし、ボブ・ディラン本人は、10月が終わろうかという時期になっても、11月10日に行われる授賞式に参加するのか、また賞自体を受けるのかどうか、沈黙を守ったままでした。そのため、ただでさえ世間の注目を集め続けることになった上、正当な文学者ではないボブ・ディランが、果たしてノーベル文学賞に値するのか否かという論争も過熱していきました。
ボブ・ディランの代表曲ベスト3!世代を代弁する深い名言集!
ボブ・ディランの代表曲をもし3曲挙げるとすれば
ボブ・ディランの代表曲といえば「風にふかれて」であることは議論を待つまでもありませんが、他にも、音楽史に残る名曲があります。1965年にリリースされた「ライク・ア・ローリング・ストーン」は、エレキギターを使って演奏された、ロック色の強い曲でした。
しかし、アコースティックな楽器で演奏されるのがフォークとする、当時の原理主義的なフォークファンの間では、大きな批判が上がります。ワールドツアーで、「ユダ!(キリストを密告した弟子の名。裏切り者を意味する)」との罵声を浴びたボブ・ディランは、「お前らなんか信じない。お前らは嘘つきだ!」と言い放ち、大音量でこの曲を演奏したそうです。歌詞の内容は、かつて上流階級にあった女性の転落の人生を描いています。
これは明らかに、当時の政治の堕落や、それに対する意識変革を暗示しており、ボブ・ディランの反体制的スタンスが明確になった曲でした。もう1曲ご紹介しましょう。少し時代を経た1973年、映画「ビリー・ザ・キッド/21才の生涯」のサウンドトラックに収録され、シングルとしてリリースされた楽曲、「天国への扉」です。
映画は、サム・ペキンパー監督による、アメリカン・ニューシネマの佳作でした。「Knock knock knockin’ on heaven’s door」というサビのリフレインが、まさに、学園紛争が終焉した当時の日本の若者たちの虚脱感や閉塞感を、いたく刺激した曲でした。
ボブ・ディランは我が道を往く孤高の詩人
ボブ・ディランは、時々に、世間がどんな評価をしようと我が道を往く人のようです。「言葉はいろんな意味を持ち、10年後には違う意味になる」と、自らが用いる言葉の不確実性を認めたかと思えば、「僕は何も定義しない。美も愛国心も。僕はそれぞれをありのままで受け止める」と、言葉にする際のスタンスを説明しています。
「こうあるべきだという既存のルールを無視して」……これこそが、孤高の詩人ボブ・ディランたるゆえんといえましょう。「どんなレッテルを貼られてもかまわない。歌うためなら」。こうしてボブ・ディランは、今日もステージに立ち歌い続けています。
ボブ・ディランは果たして11月10日のノーベル文学賞授賞式に現れるのか?!
ボブ・ディランが、ノーベル文学賞受賞の知らせに一向返事をしない事態に対して、ノーベル文学賞の選考委員長が、「無礼で傲慢である」と苦言を呈したことが、新たな賛否を呼んでいます。しかし実は、この委員長の言葉には続きがありました。「でもそれがボブ・ディランってものだ。予想していなかったが、彼は気難しいようだから驚きはしなかった。我々は待つ。彼が何と言おうと彼が受賞者だ」という言葉が、後に続いていたのです。
ミュージシャンやアーティストは、あくまで個人の制作意欲から、作りたい音楽や作品を創造しているだけであって、国の政治や状況などは関係がありません。しかし、ボブ・ディランら芸術家の作品は、彼らが生きる同時代の息吹を吸って生まれるもの。自然に、その時代をビビットに表現し、厳しく批判するものとなります。
そういう意味で、ボブ・ディランは、1960年代から21世紀を超えた現代に至るまで、音楽により、時代に警鐘を鳴らし続けてきた、偉大なる詩人といえます。ボブ・ディランは、これまでにも数々の賞に輝いています。中でも2012年に授賞した、大統領自由勲章は、「アメリカ合衆国の国益や安全、または世界平和の推進、文化活動、その他の公的・個人的活動に対して特別の賞賛に値する努力や貢献を行った個人」に与えられる、アメリカ市民にとって、最高位の勲章です。
ボブ・ディラン個人としては、この賞の受賞に際してもさまざまな葛藤があったに違いありません。ましてやノーベル文学賞など、考えてもいなかったのかもしれません。そうした中、やっと10月29日、ボブ・ディランが、ノーベル文学賞授賞を受け入れるコメントを発表しました。とはいえ、授賞式への出席の可能性については、「もちろん、できることなら」と明言を避けたことから、授賞式の直前まで、引き続き、その動向が注目され続けることになりそうです。