松任谷正隆 松任谷由美をプロデュースするまで!愛車遍歴がとんでもない!

松任谷正隆 松任谷由美をプロデュースするまで!子供がいない理由が壮絶すぎ!

松任谷正隆 松任谷由美をプロデュースするまで!「ひこうき雲」で結ばれた!

ユーミンこと松任谷由実の公私にわたるパートナーである松任谷正隆。松任谷正隆の父親は、元横浜正金銀行(現・東京三菱UFJ銀行)の取締役。さかのぼれば、先祖には「電力の鬼」と呼ばれた財界人の松永安左エ門というエリートの家系に生まれています。

慶応義塾幼稚舎から慶応義塾大学まで順調に進学し卒業した松任谷正隆。親類縁者には、音楽、放送、絵画に携わる人間が多いという環境で育っています。松任谷正隆の名前が音楽史に出てくるのは、1971年に吉田拓郎の「人間なんて」というアルバムにミュージシャンとして参加したのがきっかけ。

以降のキーボード・バンドマスターを担当していたのが最初です。その後の松任谷正隆は、1973年には、細野晴臣らとキャラメル・ママというバンドを結成。そのままティン・パン・アレイに移行して、継続して活動していました。谷山浩子の「お早うございますの帽子屋さん」の編曲をしたのが1974年。

そこからアレンジャーとして本格的に始動します。この頃に、「セブンスター・ショー」という番組でバックを担当したことで、番組ホストを務めていた荒井由実(現・松任谷由実)との交流を深めています。その後生まれたのが、1973年11月20日に発売され、ジブリ映画「風立ちぬ」でも主題歌として使われたユーミンの「ひこうき雲」。

この「ひこうき雲」のサビ部分のコード進行で、通常ならGm7→B♭7→A♭M7となるセオリーを使わず、真ん中をB♭m7という進行にした荒井由実の才能に驚き、松任谷正隆が結婚を決めたと言う話があります。松任谷正隆は冗談と言ってはいるものの、おそらく以前から才能に惚れ込んでいたのもあったのでしょう。結婚の決め手として、自分の創造の上を飛んで行った荒井由美との結婚を決めたのだろうと思われます。

その後、荒井由美は松任谷由美になります。これも実は、松任谷由実は、結婚後は専業主婦になって引退しようとしていたのですが、専業主婦というのが合わなかったのだそうです。そのため、松任谷由美として音楽活動を再開し、松任谷正隆のプロデュースで名曲の数々を生み出していくようになり、今に至ります。

松任谷正隆 子供がいない理由が壮絶すぎ!松任谷由美らしさのために

松任谷正隆と松任谷由実夫妻には、子供はいません。松任谷正隆曰く、松任谷由美は子供が好きだったが、子供ができてしまうと松任谷由美らしさがなくなってしまうから、自分が子供は作りたくなかったとのこと。同じミュージシャンで子だくさんのイルカに、松任谷由美が送った手紙には、イルカは子供がいるのに音楽ができて凄い!自分にはそれは無理だったと綴っていたそうです。

とても難しい問題ですが、松任谷正隆と松任谷由実の二人が幸せであれば、良いと思います。その結果、人々に愛され続ける名曲の数々が生まれたのもまた事実。松任谷由美自身も、曲が子供と言っていますので、これからもたくさんの子供を世に送り出して欲しいですね。

松任谷正隆 フランス愛車遍歴がとんでもない!姪が歌舞伎御曹司とスクープ

松任谷正隆 フランス愛車遍歴がとんでもない!カーマニア過ぎて、言葉が追いつかないほど車好き!

松任谷正隆のフランス愛車遍歴をご存じでしょうか?松任谷正隆のフランス愛車遍歴は、1980年代半ばに購入したプジョー309GTIが始まります。本人曰く、大した動機はなかったそうです。その次は、試乗会に参加したのがきっかけで購入したルノー21ターボとプジョー306。お次は、ルノー・セニック。

最初に見た時は大嫌いだったそうですが、八年も乗り、売却しています。また同時期にプジョー106も所有していますが、こちらは三年で売却。次に購入したのがプジョー1007で、二年たたずに売却。最近購入したのがプジョー207シエロという、松任谷正隆のとんでもなく華麗なフランス愛車遍歴でした。実際、松任谷正隆は、フランス車にかぎらず、とにかく凄いカーマニア。これ以外にも日本車、イギリス車など本当に色々な車を乗り換えています。

ただ、松任谷正隆が車を語っても、抽象的なコメントが多く、あまり参考になりません。好き過ぎて何と言っていいか解らない状態になっているのでしょうか。ミュージシャンであり、演奏者ですから、松任谷正隆は言葉で伝えるのは苦手なのかもしれません。

松任谷正隆 姪が歌舞伎御曹司とスクープ

松任谷正隆の姪は松任谷玉子という、ラジオ局TOKYO FMのプロデューサー。バツイチで子持ちですが、美人でモテると業界でも評判の女性です。松任谷正隆の姪として、業界関係者とも繋がりが多くあるため、その延長線上に歌舞伎御曹司である尾上松也とも知り合い、深夜の車中でキスシーンをフスクープされました。

ただ、尾上松也は名うてのプレイボーイ。前田敦子との熱愛報道後の出来事だったので、二股説も飛び出しました。女性関係の噂の絶えない尾上松也が誰かとスクープになったところで、大した事ではないでしょう。松任谷正隆の姪も関係を否定していますし、お互いにある程度遊んで終わりという気がします。

松任谷正隆の今後は!?松任谷由美復活なるか!?

松任谷正隆は、音楽劇「青い種子は太陽のなかにある」の音楽を担当することになりました。この音楽劇は、KAT-TUNの亀梨和也が主演を務め、蜷川幸雄が演出を務める作品です。ますます活躍の場を広げている松任谷正隆ですが、現在すでに多くのミュージシャンの編曲に携わっていて、多忙を極めています。

しかし、やはり松任谷由美の復活なるかというのが今後の課題ではないでしょうか。現在の松任谷由美は、過去の名曲がクローズアップされることはあっても、最新曲はあまり芳しくありません。荒井由美時代の曲は、曲だけでなく歌声も素晴らしく、若い世代にもそちらが受けています。松任谷由美の現在は、声質も変わってしまいました。

しかし、作詞家としてデビューしている松任谷由美ですから、松任谷正隆と組んで新しい道を模索するのもありですよね。松任谷正隆は、若いアーティストと交流があります。松任谷正隆は松任谷由美らしくあるために、子供を作らない選択をしたのであれば、その責任は大きいものです。愛車にうつつを抜かしている場合ではないですよね。

ただ女性関係も表立って出てこないだけで、名取裕子など噂が過去にあり、とにかく落着かない人と言う印象があるのも事実。それは編曲にも如実に表れており、その時その時に流行っている海外の曲の特徴を少し変えて使っていることも。一部作品に関してはオリジナリティが疑われてしまっています。人間は老いるものです。

ジャズミュージシャンは老いるにつれ円熟味を増してきます。果たして松任谷正隆、松任谷由美は、どう老いて味を出していくのか。一世を風靡した人たちだけに、今後の活動が注目されます。

松任谷正隆は、間違いなく一時代を築いた人間です。ただ、それがもう過去の栄光なのか、老いて円熟味を増し、編曲者として味が出せるるのか気になるところですね。

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