三宅裕司の奥さんの天然語録や性格がネタの宝庫として大活用!

三宅裕司の奥さんの天然語録や性格がネタの宝庫として大活用!

三宅裕司 奥さんの天然語録!

三宅裕司といえば、司会やバラエティ、コメディとマルチに活躍する俳優です。そんな三宅裕司の奥さんが今、天然語録を連発すると話題になっています。

例をあげると、ご近所の受験生へ試験当日、「ダメでもともとなんだから、頑張って!!」と言うつもりが「もともとダメなんだから、頑張って!!」……その後、その受験生はちゃんと合格できたのでしょうか。また、儲けているお坊さんのことを「ほんとに坊主丸坊主ね」。坊主丸儲け、と言いたかったのでしょうね。

坊主はもともと丸坊主ですから!さらには、我が娘のことを「どこへ出しても恥ずかしくない娘に……」というはずが、「どこを出しても恥ずかしくない娘に……」。娘さんのどこを出させる気であったのでしょう?などなど、ちょっとアブナイ語録もありますが、とにかく三宅裕司の奥さんの天然ぶりたるやすさまじいようです。

三宅裕司 奥さんの性格がネタの宝庫として大活用!

三宅裕司の奥さんがすさまじいのはその語録だけではありません。奥さんの性格や行動も天然炸裂しています!外出先でやけに大きな携帯電話を持っていた三宅裕司の奥さん。何かと思えば、コードレス電話の子機!また、入国審査で言うべき「サイトシーイング」という言葉が覚えられず、「斉藤寝具店」と覚えておけばいいとの言うのを、三宅裕司の奥さんはどこで勘違いしたのか「太田布団店」と言いだした等々。

とにかく三宅裕司の奥さんの性格はまさにネタの宝庫!三宅裕司も、奥さんの天然ぶりに愛想をつかすことなく、トーク番組でネタとして披露しています。喧嘩の途中で「どいてよ!」と言うつもりが「抱いてよ!」なんて言う奥さんと、喧嘩なんてできるわけないですよね。

三宅裕司のヘルニアは完治したの?主催している劇団の評判は?

三宅裕司のヘルニアは完治したの?

三宅裕司は2011年7月、椎間板ヘルニアの緊急手術を受け、リハビリに専念するため、年内いっぱいは休養をすると発表しました。その三宅裕司のヘルに母、現在完治しているのでしょうか?三宅裕司は休養明けの2012年、年始のラジオ番組を皮切りに、自身が構成・演出・出演を兼ねる復帰公演「落語日本花吹雪~出囃子は殺しのブルース~」にて見事舞台も復帰しています。

その時の公開稽古後の記者会見にて「もう腰は全然痛くない」と発言しているところを見ると、ヘルニアは完治しているようですね。ただ、椎間板ヘルニアの外科的治療はリスクも高いため、あまり無理は禁物、といったところでしょうか。

三宅裕司の主宰している劇団の評判は?

三宅裕司が主宰している劇団は「スーパーエキセントリックシアター(通称:SET)」。演劇好きな人々の間ではよく知られている劇団です。三宅裕司が明治大学在学中の1979年に旗揚げしてから現在まで、三宅裕司も現役のまま、東京を中心にさまざまな舞台をこなしています。その三宅裕司が主宰するSETについて最近、妙な噂が流れていますそれは「SETの若手が夜な夜な住宅街で騒いでいる」というもの。

これについてはどうやら誤解のようです。実は、三宅裕司が以前所有していた一戸建てに、現在は「SEKAI NO OWARI」がメンバー全員で住んでいるのです。あの有名な「セカオワハウス」がまさにそれ。どうやらセカオワメンバーが自宅近辺で騒いでいるのを、近隣の住民が「SETのメンバー」と勘違いしたようです。ご近隣の方、くれぐれもそこで騒いでいるのは三宅裕司の関係者ではありませんので、ご理解を。

三宅裕司、地井武男遺作「かぐや姫の物語」の部分アフレコで代役も名前公表は希望せず

三宅裕司は、2012年6月に逝去した地井武男の遺作である「かぐや姫の物語」の翁役に一部代役として参加していたことがありました。絵が完成する前に声を収録する「プレスコ」という手法で翁役の声に参加していた地井武男、作品が完成するのを見ることなく亡くなってしまいました。

その後、一部セリフの変更や息遣いを入れるためにアフレコが必要だったわけですが、そのときすでに地井武男は亡くなった後。そこで監督の高畑勲より代役として白羽の矢が立ったのが三宅裕司でした。

当初は「地井さんが遺作として真剣に取り組んだ作品に自分の声を重ねるなんて……」とオファーを断っていた三宅裕司ですが、最終的には作中の6シーンを三宅裕司の声として収録しました。完成後、自分の名前を公表するのを断った三宅裕司ですが、高畑勲監督の「エンドロールは作品を見終わった人が見るものだから」とエンドロールにだけ「三宅裕司(特別出演)」と名前を入れたそうです。

すると、作品を見終わった観客から「三宅裕司の声はどこに入っていたの?」という問い合わせが殺到。その問い合わせに対応する形で一部代役していたことを公表するにいたったわけです。

「お世話になった地井さんに恩返しすることができました」と後に告白した三宅裕司。今後もその優しさとマルチな才能を生かした活躍を期待したいですね。

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