土屋敏男元・日本テレビプロデューサーに振り回されたなすび、有吉弘行のため息

2020年5月15日 更新

土屋敏男元・日本テレビプロデューサーに振り回されたなすび、有吉弘行のため息

土屋敏男元・日本テレビプロデューサーに騙されてトラウマを抱えるなすび

土屋敏男元・日本テレビプロデューサーに振り回された「なすび」といえば、土屋敏男元・日本テレビプロデューサーが日本テレビ時代に企画した「進め!電波少年」の後継番組「進ぬ!電波少年」で有名になったお笑いタレント。なすびは、アパートに監禁されたうえで、さまざまな懸賞に応募し続け、当選した賞品のみで生活する「電波少年的懸賞生活」にチャレンジ。約1年をかけて目標金額の100万円を達成しました。

やっと苛酷すぎる地獄のギャンブル生活から解放された喜びに浸っていたなすびでしたが、スタッフに騙され、そのまま韓国での懸賞生活を強要されてしまいました。当時、なすびは、「これは研究です」と言われて懸賞生活に挑んでおり、テレビで放送されていたことや、視聴率が30%を超えて大人気だったことは、番組終了後になって初めて知りました。「土屋敏男元・日本テレビプロデューサーに会ってしまったら、何をやらされるか分からない」と怯え、番組終了後、なすびは対面を徹底的に避けていたそうです。

土屋敏男元・日本テレビプロデューサーは有吉弘行の天敵!「当分会わなくていい……」

土屋敏男元・日本テレビプロデューサーが手掛けた「進め!電波少年」の荒行を経て、最も成功したタレントといえば、今やバラエティ界を牛耳る毒舌芸人・有吉弘行です。有吉弘行がコンビを組んでいた猿岩石もまた、なすびと同様に騙されて、「ユーラシア大陸ヒッチハイク横断」を強要されており、有吉弘行にとって、土屋敏男元・日本テレビプロデューサーは、昔から天敵でした。
その土屋敏男元・日本テレビプロデューサーが、2014年3月の「有吉反省会」に登場し、再び有吉弘行に”アポなしユーラシア大陸ヒッチハイク”を提案して追い打ちをかけました。自分の冠番組にも関わらず、土屋敏夫元・日本テレビプロデューサーにマウントポジションをとられてしまった有吉弘行。

「売れなくなった時代には仕事をくれなかったくせに。当分会わなくていい」とため息を禁じ得ず、土屋敏男元・日本テレビプロデューサーに、禊として日本縦断ヒッチハイクを強要したのでした。

土屋敏男元・日本テレビプロデューサーの年収は?現在、テレビ番組からオファーの山!

土屋敏男元・日本テレビプロデューサーの年収がヤバイ?

土屋敏男元・日本テレビプロデューサーの年収がヤバイという巷の噂があります。土屋敏男元・日本テレビプロデューサーが日本テレビを退職したのは2015年5月。「電波少年」や「ウッチャンナンチャンのウリナリ!!」という大ヒット番組を手掛けた実力が評価され、退職前は、日本テレビ放送網編成局ゼネラルプロデューサーまで上り詰めていた土屋敏男元・日本テレビプロデューサー。

当時の年収は2000~3000万円はあったと思われます。また、土屋敏男元・日本テレビプロデューサーは、2005年にインターネット動画配信サービスとして第2日本テレビを立ち上げ、2012年には日本テレビと日テレアックスオンが設立した新会社「LIFE VIDEO」の代表取締役社長にも就任しています。

「LIFE VIDEO」とは、顧客の幼少期から現在までの写真や映像に、日本テレビが所蔵するアーカイブ映像や生まれた日の新聞などを交えて編集したものを提供する会社。現在も「LIFE VIDEO」に身を置く土屋敏男元・日本テレビプロデューサーの年収は不明ですが、何となく凄そう……そんな印象があります。

土屋敏男元・日本テレビプロデューサーにテレビ番組からオファーの山?

土屋敏男元・日本テレビプロデューサーは、1980年代半ばの日本テレビの低迷期を救った男として伝説化しています。「電波少年」「ウリナリ」などで確立させた”日テレ式ドキュメントバラエティ”の手法により、90年代の日本テレビに息を吹き返させたのです。そんな土屋敏男元・日本テレビプロデューサーでも、「電波少年」の前に企画した番組がダダ滑りして、編成へ異動させられたことがありました。

その時、真っ先に通した企画が「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」。土屋敏男元・日本テレビプロデューサーは、他局の番組に通い詰めては先見性を養い、制作や編成において常識外れの新境地を開拓してきました。テレビ界時代が低迷期を迎えた今、日本テレビを退職した土屋敏男元・日本テレビプロデューサーには多くのテレビ番組からオファーが殺到してもおかしくありません。

土屋敏男元・日本テレビプロデューサーが語る、今のテレビがオモシロくない理由

土屋敏男元・日本テレビプロデューサーは、「現在のテレビが面白くなくなったのは数字にとらわれ過ぎているからだ」という持論を展開しています。1分ごとに、どの番組が、どの層に何%に観られているかが即座に分かる時代になり、テレビ編成や制作現場が瞬間視聴率ばかりを気にして番組を作ってしまっているというのです。事実、土屋敏男元・日本テレビプロデューサーが手掛けた「電波少年」が高視聴率を獲得するなど、誰が予測したでしょう。

しかし、ウケる定型になぞらえた企画にはない、全く新しい驚きがありました。番組に出てほしいタレントと麻雀卓を囲み、わざと大きな役の上がり杯を振って「名刺代わり」にするなど、日頃から突飛なアイディアを創出してきた土屋敏男元・日本テレビプロデューサー。

過去には、「24時間テレビ」で、出川哲郎に人間水車をさせるなど、明らかに番組の主旨と違った演出をしたために、24時間テレビから追放されています。現在は、やりたいことをやろうとする製作者が肩身の狭い思いをするテレビより、クレイジーな投資家とクレイジーな挑戦者が出し惜しみせず挑めるインターネットこそが”見たことないものを作るテクノロジー”だと言っている土屋敏男元・日本テレビプロデューサー。テレビも同じく、オモシロくなるためには「コンプライアンスって何ですか?」と平気な顔で言ってしまうような”イカレタ者”がまかり通らない限り難しいとも。

そんな土屋敏男元・日本テレビプロデューサーが、3月22日のツイッターで「スゴイこと考えた!また新しい歴史を刻むぜー!」と息巻いていました。この言葉を聞いて生きた心地がしない人もいるでしょうが、視聴者としてはワクワク感が止められません。

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