山田まりやが難病クローン病を克服し草野とおると結婚&出産!元カレ・つるの剛士とばったり鉢合わせ事件とは?

山田まりやが難病クローン病に悩まされていた!現在は克服して草野とおると結婚、一児の母に

山田まりやを襲った突然の体調不良!原因は難病のクローン病だった

グラビアアイドルとして人気を集めた山田まりあは、明るいキャラが受けて、バラエティ番組などでタレント活動しているほか、舞台やドラマでは女優としても活躍しています。そんな山田まりやが、特定疾患に指定されているクローン病の疑いありと診断され、闘病生活を送っていたことを告白しました。

クローン病とは、体内を貫く消化管に、原因不明の炎症や潰瘍ができる病気です。比較的若い人に多く発症すると言われ、腹痛や下痢、体重減少といった症状が起こりやすくなります。山田まりやの場合は、2003年の舞台公演中に、発熱や腹痛、下痢の症状が出ました。

フラフラになってしまった山田まりやにはドクターストップがかかったものの、症状をおして舞台に出演。公演こそなんとか乗り切りましたが、その後に虫垂炎の手術を受けるも、一向に症状は回復しません。そこで詳しく調べたところ、クローン病の疑いがあると診断されたそうです。

一時は精神的にも不安定になったという山田まりやは、マクロビオティックや薬膳を学び、野菜や玄米などを積極的に摂るなど、食に非常に気遣うようになりました。あわせて、鍼治療で体質改善を図ることで、不調に苛なまれていた体が少しずつ変わってきたそうです。2008年ごろに症状が治まり、現在は落ち着いているそうです。

山田まりやは草野とおると結婚&出産!息子の名前が一時話題に!

山田まりやは、不調が続いた最中、結婚や出産ができるのかとも悩んでいたと言います。しかしその心配は杞憂に終わり、症状が治まりはじめた2008年に、舞台俳優の草野とおると結婚しました。結婚当時、山田まりやが28歳で、草野とおるは40歳。12歳とひと回りも歳の差の離れた2人の馴れ初めは、俳優仲間との飲み会で、泥酔した山田まりやを草野とおるが介抱したことでした。

その後、不妊に悩んだ時期を経て、第一子を授かった山田まりやは、2012年12月29日に長男を出産。喜ばしいニュースのはずでしたが、子供の名前が崇徳(むねのり)と発表されると、ネットで「不吉すぎる」と話題を集めることに……。それは、名前が、日本三大怨霊の1人とされる崇徳天皇と一緒だったから。

そんな不穏な話題をよそに、山田まりやの子供は、食も太く、すくすくと育っている様子です。クローン病が息子に遺伝しないかどうかと非常に気にしているという山田まりやですが、現在のところは安心できる状況だと語っています。

山田まりやが元カレ・つるの剛士とばったり鉢合わせ事件とは?芸能界デビューの裏に複雑な家庭環境が

山田まりやが元カレ・つるの剛士とばったり鉢合わせ事件とは?

山田まりやには、1997年に放映された「ウルトラマンダイナ」で共演していたつるの剛士との交際が噂されていた時期があります。それが本当だったと分かったのは、お相手だと囁かれていたつるの剛士が発売したエッセイ「つるっつるの脳みそ 幸福な遺伝子」に、交際の事実が赤裸々に綴られていたからでした。

つるの剛士によると、「25歳で大失恋した」とのことなので、交際期間ははっきりしないものの、2000年頃に、山田まりやに振られる形で破局したようです。その後2年間も彼女ができなかったほど落ち込んだと語っている様子からは、山田まりやとつるの剛士が、真剣交際していたことがうかがえます。

そんな2人は、2008年放送の「踊る!さんま御殿!!」の3時間特番収録の際に、出演ブロックは異なるものの、入れ替わり時にばったり鉢合わせしたそうです。破局後に初めて会ったつるの剛士は、照れ隠しから、山田まりやに「早く子供作れよ!」と言ったとか。その後しばらく経って、山田まりやが子供に恵まれたことはご存じの通りです。

山田まりやの芸能界デビューの裏に複雑な家庭環境!グラビアアイドルの先駆者だった

山田まりやは、1980年3月5日、愛知県名古屋市生まれです。1996年に、第1回ミスヤングマガジングランプリを受賞し、フジテレビビジュアルクイーンオブザイヤーに選出されたことがきっかけで、グラビアアイドルとしてデビューしました。セクシーな肢体で男性ファンの心をつかんだだけでなく、ストレートな発言や、場を盛り上げる鋭いつっこみ、彼女の明るいキャラクターも相まって、バラエティ番組でも大活躍。その一方で、「ウルトラマンダイナ」や「はぐれ刑事純情派」などの人気作品では、女優としても存在感を発揮しました。

グラビア出身だけあって豊満なバストに話題が及ぶこともしばしばでしたが、世間では大きなバストにまだ偏見もあった当時、山田まりやは、グラビアの仕事を早く辞めたいと考えていたとか。当人の気持ちとは裏腹に、グラビアアイドルの先駆者とも言わていた山田まりやは、テレビに出るようになってからも、お色気タレントとして扱われることが多い状況に戸惑いは尽きなかったと言います。

そんな山田まりやの原動力となっていたのは、10歳離れた幼い弟でした。実は、暴力をふるう父親と、病気がちの母親という複雑な家庭環境で育った山田まりやは、幼い弟を守るため、父親代わりとの気持ちで、芸能界でがむしゃらに働いてきたそうです。

山田まりやが自身の難病体験を堂々告白!ヘアードネーションにも参加

一時期は、テレビや雑誌で見ない日はほとんどないほど、大活躍していた山田まりや。グラマラスなバストで男性ファンが多いことはもちろん、歯に衣着せぬストレートな発言や明るいキャラが女性からも支持されるなど、多くのファンに愛されてきました。複雑な家庭に育ち、家族のために働いていたというエピソードからは、明るいだけではなく、芯の通った強さも兼ね備えているからこそ、多くの人の心をつかんだのだと分かります。

自身の厳しい闘病体験を堂々と明かした姿勢にも、心の強さが感じられると言えるでしょう。彼女の発言により、励まされた方も多くいるに違いありません。病気に悩みながらも、自らの力で乗り越えて、上手に付き合いながら、結婚・出産という夢も叶えた姿に希望を感じている方も多いことでしょう。

最近は、自身のブログで、ヘアードネーションに参加したことを明かして話題となった山田まりや。ヘアードネーションとは、自分が提供した頭髪が、病気で髪の毛を失った人のためのかつらに使われるというものです。ビジュアルも大切なタレント業をしているにもかかわらず、己の信念に基づいて、髪の毛を31センチもカットした行動力とボランティア精神に、感心しきりです。

潰瘍性大腸炎やクローン病を指す「IBD(炎症性腸疾患)」を理解するためのイベントにも積極的に参加し、心身ともに苦しんだ胸の内を告白しているのも同じ志によるものなのでしょう。これからも、闘病生活を乗り越えてきた山田まりやにしかできない活動が広がっていくことを期待したいです。

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