ジャニーズの大物・東山紀之を大解剖 ストイックな育児方針!少年隊”実質解散”の裏に隠された”格差”とは?

東山紀之のプロフィールをざっくりご紹介!


東山紀之のプロフィール
生年月日:1966年9月30日
出身:神奈川県
身長:178cm
血液型:A型
所属事務所:ジャニーズ事務所

東山紀之の壮絶な生い立ち 母親は二度離婚 祖父は〇〇〇人?!

東山紀之(ひがしやま・のりゆき)は、1966年9月30日生まれのジャニーズ事務所所属の俳優・歌手・タレントです。神奈川県川崎市で生まれ、中学まで川崎市立の学校に通っていました。

ロシア人の祖父、その血をひく父親は酒乱でギャンブル好き。美容師として働いていた母親や、東山自身も迷惑被っていたようです。3歳年下の妹がおり、両親が離婚した後は、母子3人で暮らしていました。

川崎市桜本のコリアンタウンに住み、自身も周囲も貧困にあえいでいましたが、近所に暮らす在日の人々に支えられたと言います。

小学生の頃、母親が再婚しますが、その相手も暴力を振るう男性だったようで、またもや過酷な家庭環境にさらされます。しかし、そこに転機を与えたのが、ジャニーズ事務所の当時の社長・ジャニー喜多川との出会いでした。

ジャニー喜多川から直接スカウト?! スカウト時の髪形はなんと〇〇!

東山紀之がジャニーズ事務所に入ったのは、1979年小学校6年生の時でした。

当時、東山の母親は東京・渋谷にあるNHKの職員用理髪店で働いてました。そのツテで歌番組『レッツゴーヤング』(NHK)の公開収録のチケットを手に入れ、地元の川崎から渋谷に遊びに行ったそうです。

公開収録を観覧した帰り道、渋谷のスクランブル交差点で信号待ちをしていると、近くに停まった車から中年男性が現れ、「どこから来たの?」と声をかけられたそうです。

その中年男性が、当時のジャニーズ事務所の社長、ジャニー喜多川でした!

スカウト当時の東山は、なんと坊主だったそうです!しかも、ジャニー氏の直接のスカウトでジャニーズ事務所に入ったのは、後にも先にも東山のみというので驚きですね。

その誘いがきっかけでレッスンに通うようになり、中学を卒業後、親元を離れ合宿所生活をスタートさせました。

東山紀之のプライベートを深堀り 妻はあの有名女優!育児には積極的?

2010年に結婚! 入籍日は〇〇〇の誕生日だった!

東山紀之は、2010年に女優の木村佳乃(きむら・よしの)と結婚しています。

2人が交際をはじめたきっかけは、2008年上演の舞台『さらば、わが愛 覇王別姫』でした。お互いの演技に対する真剣な姿勢に共感したことが、決め手だったといいます。交際を開始し、報道されてからも『真剣交際』を公表。両事務所とも「温かく見守って欲しい」とのスタンスでした。

そして2010年10月23日に入籍。この日はなんとジャニーズ事務所の当時社長、ジャニー喜多川の誕生日でもあるそうです!東山のジャニー喜多川への特別な想いを感じますね。

その後、2011年に長女、2013年に次女を授かり、現在は東京都世田谷区で家族4人と、木村の姉夫婦との6人で暮らしています。

家事育児にもストイックな東山紀之! 妻に言った衝撃の言葉とは?

東山は家事も育児も得意だそうで、なんでもテキパキとこなす東山の姿が容易に想像できますよね。

妻の木村佳乃が、2017年4月28日放送の『あさイチ』(NHK)に出演した際には、東山のどこが好きかを聞かれた際には、次のように話しています。

「厳しいところ!夫婦だからと言って甘くなく、「いいよいいよ」ってところがないんです。仕事と母親業の両立が大変なことはすごく分かってくれているんですが、でも「それ(両立)ができる人が活躍出来る人。やるもやらないも自分次第」という考え方を持っているんです。」

ストイックで厳しい言葉に驚きですが、木村はそれ以上に自分に対してストイックな東山を見て、「負けてなるものか!」と奮起し、夫婦で頑張っていけるのだそうです。

2020年12月で少年隊は実質解散? 原因と思われる”格差”とは?

2020年9月、錦織・植草が退所を発表

そんな中、2020年9月20日、ジャニーズ事務所公式サイト「Johnny’s net」で少年隊のメンバーである錦織一清(にしきおり・かずきよ)と植草克秀(うえくさ・かつひで)が2020年12月31日をもって同事務所を退所することが明らかになりました。メンバーの意向とこれまでの功績を称え、”少年隊”という名前は残るようですが、グループとして今後の活動予定はないようです。2人の退所の原因として噂されているのが、東山との様々な”格差”だったと言います。

グループ結成当初から優れた運動神経と身体能力、そしてその人懐っこい性格から、当時社長のジャニー喜多川や、その姉で当時副社長のメリー喜多川、そして森光子など芸能界の大物から可愛がられていた東山。

90年代に入り、東山はドラマや映画、舞台、ナレーションなど活動の幅を広げていましたが、一方で錦織・植草の露出は減少していきました。もちろん”収入格差”も生まれていたようで、植草は当時親しい共演者たちに「ヒガシとは待遇が違い過ぎる」と愚痴をこぼしていたこともあったようです。

2020年12月で少年隊デビュー35周年、そして実質解散へ

2008年のミュージカル『PLAYZONE』を最後に少年隊としての活動がほぼなくなった3人でしたが、東山はタレント業、植草は俳優業、錦織は舞台演出・プロデュースなどそれぞれの場で活動していました。

特に錦織はジャニー氏から演出力を評価され、多くの作品を手掛けていたようですが、2019年7月にジャニー氏が亡くなると、東山以外の2人の場は激減していきました。

その状況を踏まえ2人は、2020年に入ってから当時代表取締役会長だったメリー氏に退所を提案。しかし逆に少年隊の活動再開を提案され、一時は踏みとどまりました。

しかし、9月4日にメリー氏は代表取締役を退任し、名誉会長へ。メリー氏の長女、藤島ジュリー景子が社長になったことで少年隊復活の計画も自然消滅してしまい、退所する流れになったようです。

切なくも錦織と植草が退所となる2020年12月は少年隊デビュー35周年。12日にはベストアルバム「少年隊 35th Anniversary BEST」が発売されます。最後となってしまった彼らのパフォーマンスと、35年間の奇蹟を、ファンはどのように思うのでしょうか。

変わりゆくジャニーズ事務所に残留する東山、そして新たな道へと進むことを決めた錦織と植草。3人が新たなステージでどのように活躍してくのか、注目です。

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