2020年3月26日 更新
野口聡一はIHI勤務からJAXAの宇宙飛行士に転職!名言をおさらい
野口聡一はIHI勤務からJAXAの宇宙飛行士に転職!
宇宙飛行士の野口聡一は、1965年、神奈川県横浜市の出身です。遊ぶことと乗り物が好きだった野口少年は、スペースシャトル初飛行のニュースを見て「宇宙に行きたい」と考えるようになりました。
高校3年生の時に読んだ立花隆の「宇宙からの帰還」がきっかけで、本格的に宇宙飛行士を目指すことを決意。東京大学工学部航空学科へ入学してそのまま大学院へ進み、1991年に工学系研究科航空学専攻修士課程を修了し、石川島播磨重工業株式会社(現IHI)に入社しました。
IHIは、幕末から160年以上の歴史を持ち、東京駅の丸の内側本屋の鉄骨建造物や、日本初のターボ・ジェットエンジンを開発するなどしてきた日本を代表する大企業の1つです。野口聡一は、IHIの航空宇宙事業本部に所属し、航空技術者として、ジェットエンジンの設計や性能試験を担当していました。そして、1996年に宇宙航空研究開発機構JAXAに応募。572人の受験者の中から見事宇宙飛行士候補者に選定されました。
その後、NASAジョンソン宇宙センターや、ガガーリン宇宙飛行士訓練センターでの訓練を経て、2005年7月26日にスペースシャトル「ディスカバリー号」にて、1回目の宇宙飛行に旅立った野口聡一。JAXAで5人目の宇宙飛行士として飛行したこの時の任務は15日間でした。
2010年に、ISS(国際宇宙ステーション)長期滞在クルーとして2回目の宇宙へと旅立った際は、宇宙からツイッターで情報発信したり、地上とのテレビ番組と交信したりと、さまざまな試みにも挑戦。161日間の宇宙での生活を経て、2010年6月2日に帰着しました。2012年からはJAXA宇宙飛行士グループ長に、2014年には宇宙探検家協会会長に就任しています。
野口聡一の名言をおさらい!「3次元アリ」の話は漫画「宇宙兄弟」に登場
宇宙飛行士という過酷なミッションに挑んだ野口聡一には、彼にしか語れない名言がいくつもあります。中でも、宇宙飛行士になるという幼い頃の夢を追い続ける兄弟の挑戦を描いた小山宙哉の漫画「宇宙兄弟」に登場する「3次元アリ」の話は有名です。「3次元アリ」とは、「なぜ人は宇宙に行くのか?」という問いに対し、野口聡一が語ったたとえ話。
もしアリが前後にしか歩けなかったら、動線上に石を置かれるとそれ以上進むことができません……これが1次元アリです。そして2次元、つまり前後に加えて左右にも移動することができれば、1次元アリには進めなかった道も移動できますが、石を置かれるといずれは行き詰ってしまいます。
では、前後と左右に加えて、上下にも移動できるようになればどうでしょうか?どこに石を置かれても、その上に上ることができるので進めるようになるでしょう。これが3次元アリです。つまり、問題を解決するには、いくつかの視点が必要だということ。宇宙飛行については、環境問題などもっと優先して取り組むべきことがあるという意見も見られますが、一見別の取り組みに思えても、宇宙を知ることこそ地球を知る手助けになると示唆しています。
その他にも、「挑戦者がいて危険や失敗の末に成功して、新しい世界が開けた」という名言で、苦難の道を切り開いてきた先人に敬意を表すとともに、何事にも果敢に挑戦することが必要だと教えてくれる野口聡一。最先端の技術に触れている野口聡一が、「どんなに悩んで苦しんでも、時間しか解決してくれない問題はある」と語れば、コツコツとやることの重要性を再認識することができるでしょう。「未知の領域を知りたいというのは生物の本能」との名言からは、新しい世界に飛び込む勇気をもらえそうです。
野口聡一の妻、娘3人とも宇宙に夢中!大の野球ファンで地元ヒューストン・アストロズを応援!
野口聡一の妻、娘3人とも宇宙に夢中!3人の娘も宇宙好き!?
野口聡一には、妻と3人の娘がいます。芸能人ではないので、家族についての詳細な情報は明かされていませんが、妻は、野口聡一が高校生の時の同級生とも言われているようです。馴れ初めなども気になるところですが、同級生だったならば、宇宙飛行士になりたいという野口聡一の夢を知る妻は、傍らでずっと応援してきたのでしょう。
1996年にJAXAに採用されて以降、野口聡一は、ジョンソン宇宙センターがあるヒューストンに住まいを移しているため、家族もアメリカ暮らしが中心の様子です。3人の娘の子育てについては、「子供にはいろんな世界を見せてあげたい」「時々日本にも帰って、アメリカにはない日本の文化を見せている」と語っています。
3人の娘たちは、野口聡一の背中を見て育ったこともあってか、そろって宇宙に興味津々で、日本宇宙少年団の情報誌「ジュニアサイエンティスト」のお便りコーナーの常連という噂も。家族みんなで野口聡一を支えている様子が伝わってきます。
野口聡一は大の野球ファン!ワールドシリーズ第3戦では地元ヒューストン・アストロズを応援!
野口聡一は、大の野球ファンとしても知られています。2017年に行われたメジャーリーグのワールドシリーズ第3戦、ロサンゼルス・ドジャース対ヒューストン・アストロズの試合では、野口聡一がスタンド観戦している姿が見られました。この試合では、ダルビッシュ有選手がいるドジャースを応援したい気持ちと、地元ヒューストンを拠点とするアストロズを応援したい気持ちとで、複雑な心境となってしまった野口聡一。
しかし、2017年8月に大型ハリケーンの被害に遭った地元ヒューストンの復興を願う気持ちを込めて、この時はアストロズの応援を優先したそうです。野口聡一は、メッツ対フィリーズ戦の始球式に参加したり、かつてメジャーリーグで活躍していた松井稼頭央と挨拶を交わしたりと、野球好きが高じて野球関連の話題も少なくありません。ちなみに憧れの選手は、ソフトバンク元監督の王貞治です。世代は異なるとはいえ、それぞれの世界で一流を極めている者同士、感じるものも多いのでしょう。
野口聡一が50代で3度目の宇宙へ!ミッション開始は2019年末
野口聡一が、自身3度目となる宇宙飛行に挑むことが決定しました!発表されたところによると、2019年末から約半年間ISSに滞在予定とのことで、ISSの長期滞在は、野口聡一にとって2回目となります。今回の飛行では、アメリカ企業が開発した新型有人宇宙船に搭乗する可能性があるとも言われていますが、「初物(はつもの)の試験は私が担当するようになっているようだ」とユーモア交じりにコメント。続けて、「2020年には東京オリンピック・パラリンピックが開催されるので、私も日本の代表としてしっかりと任務を遂行したい」と決意も新たにしています。
3回も宇宙飛行士に抜擢されること自体が凄いことですが、2019年のISS滞在時には野口聡一が55歳になっていることにも驚かされます。それは、「(この年まで)現役でいられるとは思わなかった。全国の50代に見ていただきたい」と本人もコメントしている通りです。もちろん、日本人宇宙飛行士最年長となりますが、50代後半となっても現役であり続けられるのは、名言の数々も示す通り、野口聡一が挑戦することを恐れないからでしょう。
2017年11月末からは訓練が開始されるとのことですが、人類が宇宙に向かう意義について、夢やロマンというレベルではなく、地球の抱える課題解決や産業利用目的であると語っている野口聡一。その科学者としての高度な視点で、次のミッションでも多くの成果をあげてくれることを期待しています。科学が大きく進歩した現代でも、一般人にとってはまだ遠い存在で、未知の世界ともいえる宇宙ですが、野口聡一をはじめとする挑戦者たちの存在によって、少しずつ身近に感じられるようになっていくに違いありません。