ジェームス・ディーン事故死の謎!愛車ポルシェは呪われていた?

ジェームス・ディーン、事故死の謎!愛車ポルシェは呪われていた?

ジェームス・ディーン、運転には慎重だったはずが?事故死の謎!

夭折した伝説の俳優ジェームス・ディーンの映画『ディーン・君がいた瞬間(とき)』が今年12月に日本で公開されます。主人公ディーンを演じるのは『クロニクル』『アメージングスパイダーマン2』でお馴染みのデイン・デハーン。

まだ無名だったジェームス・ディーンと、雑誌「LIFE」の天才写真家デニスとの二週間の旅を描いた作品です。ジェームス・ディーンが惜しまれながらもわずか24歳の生涯を終えたのは、1955年の9月30日のこと。愛車であるシルバーのポルシェ・スパイダー550を走らせていたジェームス・ディーンは、前方から走ってきたフォード車に正面衝突し、首の骨を折って即死したのです。

それにしても「一般道では無謀な運転はしないように。君が救う命は僕の命かもしれないから」と他人に忠告するほど、運転には慎重だったジェームス・ディーンが交通事故で亡くなるとは、何とも残念でありません。もっとも事故の原因は相手のファード車にあり、優先道路を走っていたジェームス・ディーンの運転するポルシェを確認せず、一旦停止を無視して中央分離帯に出たことが発端でした。

ジェームス・ディーンの愛車ポルシェ、実は呪われていた?

ジェームス・スディーンの愛車ポルシェ・スパイダー550は、ポルシェのレーシングカーとして1953年に誕生しました。カーレースが大好きだったジェームス・ディーンは、映画『ジャイアンツ』の撮影終了後に、サリナスのカーレースに参加するため愛車で移動中に事故に遭遇。

ところが、このポルシェ・スパイダー550は「呪われていた?」と噂が立つほど曰くつきの車だったのです!実は、ジェームス・ディーンの死後、事故車のポルシェは多くの部品に損傷がなかったので、彼の専属デザイナーだったジョージ・バリスが買い取りました。

しかし、ガレージに収納しようとした時に落下事故を起こして作業員が骨折。翌年、二人の医師がパーツを買い取ってレースに参加しますが、一人はタイヤが外れて事故を起こし、もう一人の車は何とレース中にスピンを起こして死亡事故を起こしてしまいます。

ジョージ・バリスが唯一所有していたボディは、交通キャンペーンの展示会場で次々と不審な事故を起こし、最後には輸送中に忽然と姿を消してしまったのです。これはもう「ポルシェの祟り」としか言いようがありませんね。

ジェームス・ディーン主演映画「理由なき反抗」「ジャイアンツ」ネタバレ感想

ジェームス・ディーン主演映画「理由なき反抗」のあらすじ ネタバレ

1955年に制作された「理由なき反抗」は、ジェームス・ディーン主演の代表作品。タイトル「理由なき反抗」は、当時の若者をイメージする言葉として流行語にもなりました。ジェームス・ディーン演じる高校生ジムは、男の子なら誰しも通る反抗期真っ只中で、大人への反抗心からお酒を飲んで暴れたり、不良仲間と喧嘩をしたりといった日々を送っています。

あるときジムは不良仲間のボスに喧嘩を売られ、プラネタリウム館でナイフを振り回しての決闘が。ところが館の守衛に見つかり、勝敗の付かなかった二人は「チキン・ラン」と呼ばれる崖っぷちギリギリで車を止めるという危険なゲームをすることに。

映画の舞台になったグリフィス天文台は、この映画の大ヒットをきっかけに世界に知られるようになりました。館外にはジェームス・ディーンへの栄誉を称えて彼の胸像が建てられています。

ジェームス・ディーン「ジャイアンツ」の感想

1956年公開の「ジャイアンツ」。残念ながらこの撮影を取り終えた一週間後にジェームス・ディーンは亡くなり、彼の遺作となりました。テキサスを舞台に、広大な土地を所有する若き牧場主をロック・ハドソン、その妻にエリザベス・テーラーと豪華な顔ぶれのこの作品。

大作ゆえに配役が決まるまでは相当揉めたようです。最初は、主演をウイリアム・ホールデンがやることになっていましたが、監督の心変わりでロック・ハドソンに変更され、ホールデンを落胆させました。妻役もグレース・ケリーを予定していたのですが、彼女がモナコの王妃になってしまい、オードリー・ヘップバーンの名も挙がりましたが、最終的にはエリザベス・テーラーに決定します。

ところが直前にエリザベス・テーラーが妊娠していることが判明。しかし、監督はエリザベス・テーラーが出産するまで日時を延期するほど彼女に惚れ込んでいました。映画では、夫婦の使用人であり、エリザベス・テーラーを恋い慕う青年役を熱演したジェームス・ディーン。

一発逆転を狙って石油を掘り当て、オイルまみれになるシーンが印象でした。当時のテキサスでは、彼のように石油を掘り当て、一夜にして億万長者になった人々が数多くいたのです。

ジェームス・ディーン「生き急いだ人生」は死を予感していた?

「急いで生きないと。死に追いつかれてしまうから」。生前このような言葉を遺したジェームス・ディーン。忽然と姿を消した愛車ポルシェといい、彼の事故死にはさまざまな謎が遺されていますが、もしかすると「死を予感していたのではないか」というエピソードもいくつか存在します。

現に死の数週間前からジェームス・ディーンは急に友人たちに連絡を取るようになり、まるで形見分けのように自分が大切にしていたものをプレゼントしていたといいます。映画「ジャイアンツ」で共演したエリザベス・テーラーからシャムの子猫をもらい、「マーカス」と名付けて溺愛していたにもかかわらず、何と死亡前日に友人女性に譲ってしまったなんて、これはまるで自分の死を予感していたも同然です。

無名時代に偶然エリア・カザン監督の目に留まり『エデンの東』に大抜擢されたものの、出演した映画はそれに加えた『理由なき反抗』『ジャイアンツ』の三本のみ!「これよりいい死に方があるかい?一瞬にして跡形もなく栄光に包まれて死ねるんだ」ジェームス・ディーンが遺したこの言葉は、まるで自らの運命を予言していたかのようです。

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