徳永英明の結婚相手、子供は?ファンクラブの特典が凄い!
徳永英明の結婚相手は??子供は何人いるの??
徳永英明は、1961年2月27日生まれの55歳です。1986年にデビューし、今年で30周年を迎えます。徳永英明の人気の秘密は、シンガーソングライターとしての歌唱力の高さだけではありません。甘い歌声と甘いマスクも人気で、55歳の現在でも、女性ファンが数多くいます。
徳永英明は、1994年9月に「ViVi」のモデルをしていた高橋ゆみと結婚しました。元モデルというだけあって、結婚相手の高橋ゆみは、スタイルが良いことはもちろんのこと、相当な美人。そんなあっさりすっきりした顔立ちで、笑顔が似合う高橋ゆみと徳永英明の間には子供が2人います。1995年に、第一子となる長男「優翔(ゆうしょう)」君が、1998年に第二子となる次男「れいに」君が生まれている徳永英明。ネット上の噂では、次男は、父親である徳永英明と同じように音楽の道に進んでいると言われています。
徳永英明のファンクラブの特典が凄い!!
徳永英明のファンクラブは、初回入会で1年4,800円、継続で1年4,400円の会費となっています。半年の値段は3,100円と2,400円なので、入会するのであれば、1年がお得ですね!
会費以上に特典が凄い!と言われているのが、徳永英明ファンクラブの特徴です。入会時には、会員番号が刻印されたシックな「オリジナルメンバーズカード」と同時に、オリジナルキーホルダーが届きます。契約更新時に継続すると、オリジナル記念品がプレゼントされるというサービスぶり。
ファンならば絶対に押さえておきたいのが、年4回、定期的に届く、読みごたえ満載のファン会報誌「PRISM」です。全面写真がたくさん盛り込まれ、徳永英明の“今”を知ることができます。テレビ出演やコンサートの裏側なども載っていますので要チェックですね。
そして何より、ファンクラブならではの特典といえば、コンサートチケットの先行予約でしょう。ファンクラブの会員ならば、ステージ間近のSSシートの申し込みもできますし、ファンクラブ限定イベントにも参加が可能。この特典だけでもファンクラブに入会する価値は十分にあるはずです。
徳永英明のカバーアルバムにこだわるワケ!名曲ベスト3!
徳永英明のカバーアルバムにはこだわるワケが!!
徳永英明といえば、カバー曲を思い浮かべる人も多いかもしれません。実際、最近の徳永英明の活動は、カバー曲を歌うことが中心のように見えます。特徴のある甘いハスキーボイスで、カバーした曲の新たな一面を見せてくれるのは、徳永英明ならではですよね。
そもそも、徳永英明はどうしてカバーアルバムを発表するようになったのでしょうか?徳永英明は2006年のNHK紅白歌合戦に初出場し、あの名曲『壊れかけのRadio』を歌いました。『壊れかけのRadio』は、徳永英明が1990年に発売した曲。なんと徳永英明は、デビュー20周年にして、初めてNHK紅白歌合戦に出場したのです。
自分でも『壊れかけのRadio』を超える曲を作ることに限界を感じていた徳永英明は、それでもやはり歌いたい!という気持ちが強かったことから、カバー曲を歌うという選択をしたのだとか。徳永英明の高い歌唱力はもちろんのこと、長年の徳永英明ファンもいたため、カバーアルバムの売れ行きは最初から上々でした。徳永英明自身は、カバー曲を選択したことで、歌手としての世界観が広がったそうです。また、カバーアルバムの成功は、結果的に、これまで徳永英明について知らなかった若い世代においても知名度を上げることになりました。
徳永英明のカバー曲、名曲ベスト3は??
徳永英明が2005年にリリースした、女性ボーカルの歌をカバーしたアルバム『VOCALIST』は、日本ゴールドディスク大賞の「企画アルバム・オブ・ザ・イヤー」を受賞。翌年発売された『VOCALIST2』も大ヒットを記録しています。その当時、すでにカバーアルバムは流行っていましたが、その中でも徳永英明のアルバムはダントツの人気がありました。そして2015年1月。6枚目となる『VOCALIST6』が発売されましたが、徳永英明にはカバー曲を歌いきった感があったのでしょうか。ファンとしては残念なことに、今回をもってカバーアルバムはお休みする、と発表されました。
たくさんある徳永英明のカバー曲の中でベスト3といえば、山口百恵の『秋桜』、中島みゆきの『時代』、一青窈の『ハナミズキ』ではないでしょうか。『秋桜』や『時代』は、昭和の曲をカバーしていますが、古臭さはまったく感じられません。初めて聞く人には新鮮に、昔聞いていた人には懐かしく感じられるのも、徳永英明人気の秘密でしょう。いずれの3曲も、叙情性の高い女性歌手の歌をカバーさせれば徳永英明が一番、と納得させられる名アレンジばかりです。
徳永英明を苦しめた「もやもや病」とは?完治までの道のりとは!
徳永英明は、2001年のコンサートツアーをもやもや病のため中止していますが、1年以上の闘病生活を経た後は、後遺症もなく元気に活動しています。
徳永英明を悩ませた「もやもや病」とはどんな病気なのでしょうか?「もやもや病」という名前は、脳の血管がもやもやっとして見えることから名付けられました。自分自身がもやもやした気分になるわけではありません。脳にある太い血管がつまることで、周りの細い血管がもやもやしてしまうのです。アジア系人種に多い病気で、世界でも「もやもや病」という日本の病名が使われています。
「もやもや病」は、5〜10歳の子供に発症することが多く、大人では30〜50歳でも発症が多くなります。子供の場合、頻繁の頭痛、失神発作、脱力発作、痙攣発作など発作が起こり、大人の場合は、脳出血で発症することが多い「もやもや病」。
徳永英明は、コンサート中に突然音を外し、その後、歌うことができなくなりました。30分後にステージに戻り、その日はコンサートを続行しましたが、翌日以降のツアーは全て中止。実は、倒れる前から軽い発作が起きていて、医者からは「過労」と言われていた徳永英明は、本人も精神的なものだからと、それほど大事だとは考えていなかったのだとか。
新潟でコンサート中に倒れ、即入院となった徳永英明は、それから約1年間、病院で治療を行ってきました。残りのコンサートについては中止せざるを得なく、徳永英明本人が一番悔しがっていたそうです。治療を終えた2002年11月には復帰会見を行い、すっかり元気な姿を見せてくれた徳永英明。その後の活躍はご存じの通りです。カバーアルバムをお休みした徳永英明がどのような音楽活動を展開していくのか……今後の活動にも期待大ですね!!