磯崎新が建築界のノーベル賞・プリツカー賞を受賞!数々の作品の中で代表作は?

磯崎新のプロフィールを紹介!

建築家の磯崎新(いそざきあらた)は、1931年7月23日に大分県で生まれました。大分県立大分上野丘高校を卒業後、東京大学工学部建築学科に入学。23歳で卒業した後、東京大学数物系大学院建築学博士課程を修了しています。

1960年、磯崎新は代々木第一体育館や広島平和記念公園などを産み出した世界的建築家・丹下健三の下、東京の発展的未来を目指した「東京計画1960」に携わります。この計画には、ゴッホ美術館新館や大阪府立国際会議場、国立新美術館などの設計を手がけた建築家・黒川紀章も参加しましたが実現には至らず、磯崎新は1963年に独立。32歳で磯崎新アトリエを設立しました。しかし、丹下健三とは険悪な状態で袂を分かったわけではなく、1970年に共同で大阪万博のお祭り広場を建築しています。

数々の有名建築物の設計を手がけた功績を認められ、1986年には英国王立建築家協会ゴールドメダル、1996年はヴィネツィア・ビエンナーレ建築展金獅子賞を受賞。それ以降も数々の建築物を手がけた磯崎新は、2017年に日本芸術院会員に選出されました。

また、国際建築家としてシンポジウムの議長を務め、コンペの審査委員に就任するなど国際的にも活躍し、東京大学、コロンビア大学、ハーバード大学などで客員教授を歴任。自身のアトリエでも、多数の建築家を輩出しています。

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磯崎新の代表作は?

数々の素晴らしい作品の設計に携わってきた磯崎新の、代表作をいくつか紹介します。

大分県立大分図書館

磯崎新が36歳の時に竣工しています。1997年に改修されアートプラザとなっていますが、初期の代表作であり、日本建築学会賞を受賞する作品となりました。

岩田学園

大分県大分市にある私立の中高一貫校で、こちらも初期の代表作の1つです。モダンな雰囲気の校舎は1号館と2号館があり、1964年に竣工しました。

北九州市立美術館

1974年開館。1998年に「公共建築百選」に選ばれた作品で、聖堂をモチーフにしたデザインが印象的です。高台の上に建てられているため抜群の景色が一望でき、2つの箱が飛び出たような外観は「丘の上の双眼鏡」とも呼ばれています。また、エントランスホールに大理石が使われていることも話題になりました。

パラ・アルピツアー(パラスポーツ・オリンピコ)

イタリアのトリノ市で2005年に開場した屋内競技場で、2006年開催の冬季オリンピックでは、アイスホッケーの会場になりました。イタリア最大規模を誇り、2021年から2025年まで行われるテニスのATPファイナル「Nitto ATPファイナルズ」の会場に選ばれています。

パラウ・サン・ジョルディ

1992年にバルセロナで開催された夏季オリンピックのために建設された屋内競技場施設で、1990年に開場しました。最大2万人を収容でき、オリンピックでは体操やバレーボール、ハンドボールの競技会場になりました。その後も、2003年の世界水泳、2013年の世界男子ハンドボール選手権など、様々なスポーツの世界大会が開催されている他、ユーロリーグのイベントやコンサート会場としても使用されています。

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磯崎新が建築のノーベル賞を受賞!

国内外で後世に残る芸術的な作品を造りあげてきた磯崎新が「建築界のノーベル賞」といわれるプリツカー賞に選ばれたことが、2019年3月に発表されました。

5月にパリのベルサイユ宮殿で行われたメダルの授与式で、スピーチに立った磯崎新は「建築の意味が広がる転換期に受賞し、感無量」「個人がいただいたというよりは、仕事をさせてくれた人たちと、この賞を共有したい」と受賞の喜びを語るとともに、数々の作品を共に造ってきた関係者に感謝を示しました。

アメリカの実業家であるジェイ・プリツカーが1979年に設立したプリツカー賞は、「建築の芸術性を通して、建築業界および人類に多大な影響を与えた、存命の建築家に対して授与される」と定義されているもので、建築家を対象として贈られる賞の中では、最も権威ある賞に数えられています。日本の建築家では今年度の磯崎新が8人目の受賞者となりますが、1987年に日本人として初めて同賞の栄誉に輝いたのは、磯崎新が師事した丹下健三でした。

同賞の審査員は、建築業界をはじめ、出版業界や経済界、教育機関などからそれぞれ選ばれた専門家で構成されていますが、実は同賞が設立されてから約10年にわたり、磯崎新は審査員に名を連ねていました。政治的な思惑が受賞者の選考に影響することに違和感を覚え、審査員を辞任したと自著で明かしていた磯崎新。審査員を退いてから約30年の時を経て自身が受賞者となることには、受賞の喜びとはまた違った感慨があったのではないでしょうか。

現在87歳の磯崎新は、歴代の同賞受賞者の中で3番目の高齢受賞となりました。建築に前衛芸術を早々に取り入れ、これまでに100以上もの作品を手がけてきた磯崎新がようやく受賞することに、ニュースを知った人たちからは「遅すぎる」との声も多く聞かれました。

建築とは、建てられた物体そのものだけではなく、作品ができ上がるまでの歴史や土地の文化までを含む存在である。そして建築家とは、その土地の伝統を現代と融合させ、ただひとつの形にまとめあげる創造者なのだと、過去に連載していた新聞のコラムに綴っていた磯崎新。次はどんな形で、見る者の目を奪う斬新な作品を見せてくれるのか期待せずにいられません。

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