岸田繁のバンドくるり、激動のメンバー変遷のワケは性格ではなかった?こんなジャンルも作曲?!

岸田繁のバンドくるり、激動のメンバー変遷のワケ!ツイッターやnoteをフル活用


岸田繁のプロフィール
◆生年月日:1976年4月27日
◆出身:京都府
◆所属事務所:BAD NEWS
◆レーベル:SPEED STAR RECORDS

岸田繁はくるりのギター&ボーカル!ツイッターやnoteでも発信

岸田繁(きしだしげる)はロックバンド・くるりのボーカリスト兼ギタリストで、フロントマンでもあります。くるりの大半の楽曲の作詞・作曲を担当し、ギター以外にも、さまざまな楽器の演奏をこなす多才ぶりを発揮している岸田繁は、ツイッターやnoteでも頻繁に情報を発信しています。

ツイッターではほぼ毎日つぶやいており、くるりの音楽活動についての情報はもちろんですが、岸田繁自身がどんなことを考えているのかを投稿。2020年10月は同じ月に公開された映画「鬼滅の刃」絡みの投稿をするなど、日々思ったことをストレートにツイッターでつぶやいているようです。

noteでは「近況と雑感」というタイトルでほぼ毎月1回のペースでくるりや岸田繁の近況と考えていること、感じていることを綴っています。

岸田繁はツイッターやnoteを使って感じたことを綴りながら、自分自身の気持ちや考えについて整理を付けているのかもしれません。楽曲の向こうにどんな出来事があったのか「くるりOfficial」と合わせてフォローしておくと、聴き方が広がりそうです。

岸田繁率いるくるりのメンバー変遷と楽曲変化!性格の問題ではなく、楽曲第一を貫くバンドだから?

岸田繁が所属するバンド・くるりはメンバーの入れ替わりが激しい事でも注目されてきました。ブラック企業説が出たり、岸田繁の性格が原因なのではという推測が出たりしたことまでありますが、メンバーが辞めたタイミングに注目すると、バンドの音楽性や方向性が変化し始めた時期が多いと指摘する声もあります。

結成当初のメンバーであるドラムの森信行については、脱退の原因は、彼の熱意不足とのこと。技術は高かったものの、学生バンドからプロへと進化する段階で、エモーション重視の音楽を目指す岸田繁や佐藤征史との温度差が生じたそうです。森信行本人も後に「浮かれていたのかも」「どこか2人に『のっかってた』ようなところがあった」と振り返っています。

2人目のドラマーであるクリストファーについては、岸田繁も、彼によってくるりの音楽がとても良くなったことを認めつつも、クリストファーの精神的な不安定さが深刻な事態となり、解雇に至ったと説明しています。

そして2006年の末にはくるりの音楽性の転換により、大村達身も脱退。一般に、バンドではコードを基本として演奏することの多いギター。岸田繁の曲作りも、最初はコード主体であったものの、クラシック音楽との融合を模索する過程で、メロディ主体に。そのため、ギタリスト・大村達身にとっては、非常にやりにくい環境となり身をひいたようです。

2011年に、田中佑司、吉田省念、ファンファンが加入するも、田中佑司は半年で脱退し、吉田省念はシンガーソングライターとして独立するために2013年に脱退。その結果、現在は岸田繁、佐藤征史、ファンファンというメンバー構成になっています。

くるりはもともと、ロックバンドに多い編成でデビューしました。その後デジタルサウンドの積極的な採用や、クラシック音楽との融合など、音楽性の転換期を何度も迎えています。

「楽曲はずっと残っていく、バンドにとっては背骨のようなもの」と語り、楽曲本位で活動しているくるり。岸田繁は、もし楽曲が自分の声を必要としていないのであれば、自分が歌う必要もないとまで言い切っています。岸田繁にとって、またくるりにとって、その音楽はメンバー本位ではなく、あくまで楽曲本位。これが、メンバー入れ替わりの本質的な理由といえそうです。

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岸田繁の結婚や子供、実家は?出身校とプロフィール!

岸田繁の結婚や子供、実家は?父方の家訓は「外へ出ろ」

岸田繁は、2000年5月に、一般人の女性と結婚しています。相手がどのような女性か、現在はどうしているのか、子供はいるのか、離婚したのか等の詳細は明かされていませんが、結婚式で「春風」という曲が歌われたという話は有名。「春風」は、くるりがインディーズ時代から演奏している楽曲であるにもかかわらず、オリジナルアルバムには収録されておらず、「はっぴいえんど」へのオマージュとして作られた曲とのことです。

そんな謎多き岸田繁のルーツが、NHKの番組「ファミリーヒストリー」の2015年1月23日放送回にて紹介されました。岸田繁の実家は、江戸時代から、代々仏具製作を生業としてきた家系。跡取りがいないということで、岸田繁の曾祖父が養子に入ったのですが、なんと仏具店を継がずに、パン屋を始めてしまいます。しかしそれが成功して、岸田家は大地主となりました。

その息子である岸田繁の祖父・藤一は、結婚後に出征し、戦地で気象観測手を務めたといいます。終戦後は捕虜となり、マラリアに羅患してしまい、昭和21年に帰国しました。帰国した藤一は、岸田繁の父・昭夫を含む幼い息子たちに、「学校を卒業したら、外へ出ろ。日本にいたらあかん」と言い続けたといいます。

息子たちはその言葉通りに外国へ渡り、岸田繁の父・昭夫も中国に赴任。岸田繁自身も、父から「外国へ行け」と言われていたそうで、もはや家訓のようなものになっているようです。

岸田繁の両親は年4回のお墓参りを欠かしません。自分のルーツを知った岸田繁も、「お墓参りに行かなきゃ」と、うなずいていました。

岸田繁の出身校とプロフィール!くるりの前身は大学サークルのバンドだった

岸田繁は、1976年4月27日、京都府京都市に生まれました。父のクラシック好きに影響を受けて、幼少の頃から音楽に親しみ、京都交響楽団の公演を一緒に聴きに行ったといいます。

学習塾でいじめに遭ったことがきっかけで中学受験をした岸田繁は、立命館中学校に入学。その頃からロックに興味を持ち始め、レッド・ツェッペリンなどをコピーしながらギターの技術を上げ、高校1年生の時に佐藤正史と出会います。1995年に立命館大学商業社会学部に入学した岸田繁は、音楽サークル「ロックコミューン」に入り、そこで佐藤正史とバンドを組みます。これが後のくるりの前身となりました。

サークルで初期くるりのメンバーとなる、ドラムの森信行や、リードギターの大村達身とも出会っています。くるりが正式なバンド名となったのは、1996年9月のアマチュアバンドコンテストに出場して、優勝を勝ち取った時です。

1997年11月に、Bad News Recordsからインディーズ1stミニアルバム「もしもし」、2ndミニアルバム「ファンデリア」をリリース。翌1998年には、SPEEDSTAR REDORDSから「東京」をリリースしてメジャーデビューを果たしました。

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岸田繁はソロで交響曲や映画楽曲も発表!子供番組「みいつけた!」の曲も?現在の活動は?

岸田繁はソロで交響曲や映画楽曲も発表!「ドンじゅらりん」とは?

くるりを率いる岸田繁は、2011年に映画「まほろ駅前多田便利軒」で音楽を担当し、初めてソロ名義の作品を発表。作品は東欧風のブラス・アレンジや弦楽四重奏など、ジャズやクラシック音楽への接近が感じられるもので、近年の岸田繁の作風に近いものとなっています。

2016年には、60周年を迎える京都市交響楽団のために、30分を越える交響曲を書き下ろし、同年12月に京都で初演しました。

これをきっかけに、2017年末、指揮者の佐渡裕による1万人の第九に書き下ろした「ほんの小さな出来事のためのファンファーレ」や、TOYOTAの企業広告向けに書き下ろした「管弦楽のためのシチリア風舞曲」など、数多くの管弦楽作品を手掛けるようになってきました。

2020年6月3日にはNHK Eテレの教育番組「みいつけた!」のために書き下ろした楽曲「ドンじゅらりん」の岸田繁によるオリジナル音源がリリースされています。「ドンじゅらりん」は恐竜をモチーフに子供の豊かな想像力が表現されており、2020年3月より同番組のエンディングテーマにも使用されています。岸田繁にとっては、初めての幼児番組への楽曲提供となりました。

エンディングテーマでのボーカルは番組に登場するスイちゃん、コーラスは番組キャラクター・コッシーの声を担当する高橋茂雄(サバンナ)と、岸田繁が担当しています。

また、岸田繁は2016年より京都精華大学のポピュラーカルチャー学部客員教授として、大学の教壇にも立っています。

くるりが無観客ライブ!CDもリリース!コロナ禍にも負けずに活動継続中!

岸田繁率いるくるりは、コロナ禍でどんな音楽活動ができるのか模索しながら、その歩みを止めることなく活動し続けています。

2020年4月15日には過去の未発表曲を中心とした作品集「thaw」を配信、これに4曲のボーナストラックを加えたCDも5 月27日にリリースしました。

2020年7月11日に京都・磔磔で無観客ライブ「LIVEWIRE くるり in 京都磔磔」を行い、その様子がスペースシャワーネットワークのライブ配信サービス・LIVEWIREで有料配信されました。

LIVEWIREの第2弾公演に登場したくるりは、メンバー3人に、キーボード・野崎泰弘、ギター・松本大樹、ドラム・BOBOというサポートメンバーを加えた編成で、地元・京都のライブハウス・磔磔より90分にわたりたっぷりと無観客のステージで音を響かせ、視聴者を盛り上げました。

くるりが2007年にスタートして以来継続している「京都音楽博覧会」も、2020年については9月20日にオンラインにて実施。くるりとしてのほか、街のどこかに現れて楽譜を楽団員に配り、「せーの」でいろいろな音楽をにぎやかに演奏する、というコンセプトの「岸田繁楽団」としても参加していました。

新型コロナウィルスの影響でくるりの音楽活動も制限されてはいるものの、この苦境にあっても無観客ライブの配信や未公開曲を集めたCDリリースなどで、その楽曲をファンの元へ届けようと邁進しています。状況が落ち着き、ライブでくるりの楽曲が堪能できる日を楽しみに、それまでは配信やCDなどでくるりの世界を満喫しましょう。

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