2020年3月26日 更新
三田明と御三家は良きライバル!今ではかけがえのない仲間に
三田明と御三家は良きライバル!「美しい十代」ほかヒット曲は?
歌手や俳優として活躍中の三田明。三田明が歌手デビューした当時は、橋幸夫と舟木一夫、西郷輝彦の3人からなる御三家が高い人気を集めていました。男性アイドルの先駆けとも言える御三家と同じく人気を集めていた三田明は、彼を加えて「四天王」と呼ばれることもあるなど、よきライバルとしてお互いに活躍を続けます。
華やかなイメージがあった御三家だけに、三田明のほうが影が薄いとか、出遅れ気味だったと捉える人もいたようですが、三田明の実力は御三家の上を行っていたと言う声も少なくありません。その後、歌手活動が途絶えた時期もありましたが、御三家の舟木一夫と西郷輝彦が「どうしても三田明と歌いたい」という気持ちから企画した2011年の全国ツアー「青春歌謡BIG3コンサート」に出演。
2014年にも再び開催されるほどの大好評となっています。かつてのライバル御三家も、今ではかけがえのない仲間で、三田明にとっては、何でも話すことができる大切な存在になっているようです。
三田明の「美しい十代」ほかヒット曲は?全国歌謡ベストテンでは10曲以上が1位に!
歌手や俳優として有名な三田明は、1962年に、日本テレビの「ホイホイ・ミュージックスクール」に合格し、翌1963年に、ビクターレコードからデビューしました。いきなりヒットしたデビュー曲「美しい十代」は、青春歌謡として今なお歌い継がれている人気曲です。
1964年には、「美しい十代」というタイトルのまま映画も制作され、主役も三田明が演じました。その後も、「ごめんねチコちゃん」や「美しいあした」「夕子の涙」など数多くのヒット曲をリリースしてきた三田明。当時放送されていた「全国歌謡ベストテン」で1位になった曲は、ゆうに10曲を超えます。その人気の高さから、NHK「紅白歌合戦」にも、1964年から6年連続出場を果たしました。
三田明を襲った事件、やけど事故とは?結婚した奥さんはどんな人?
三田明を襲った事件とは?大やけどの事故で死亡説まで流れていた
デビューして以降、歌手をメインに順調に活動していた三田明を、1971年、24歳の時に、所属していた東洋企画が倒産するという事態が襲います。さらに、マネージャーが、三田明名義で勝手に1億5千万円の借金を作って失踪したため、その肩代わりをせざるを得なくなりました。そのため、自身の財産を処分して個人事務所を立ち上げ、借金返済のために全国巡業を始めた三田明でしたが、1972年には、乗っていた飛行機がハイジャックされる事件に巻き込まれます。
しかも、爆睡中で事件に気が付かす、何を聞かれても答えられなかったことから、「スチュワーデスと付き合いたいと言った」と事実無根の記事を書かれ、不謹慎だなどと非難を浴びることになりました。その後も災難は続きます。1979年には、天ぷらを作っていた時に出火し、慌てた三田明が水をかけてしまったことから、飛び跳ねた油が顔面を直撃。
大やけどを負うという大惨事になりました。やけどはかなりの重症で、皮膚移植の手術も受けた三田明。治療に長い時間がかかったことから、公に姿を現わさない時期が長く続き、引退説ばかりか、亡くなったという噂まで飛び交いました。
三田明が結婚した奥さんは16歳年下!人気絶頂期の三田明を知らなかった
三田明は、1985年、37歳の時に、16歳年下の女性と結婚しています。ずいぶん年が離れた妻との出会いは、仕事の帰りに寄ったスナックでした。その日偶然手伝いに来ていたママの娘はまだ16歳の少女。三田明が歌手だということも知らない彼女は、彼の歌声を聞いて「結構うまいじゃない」と言いました。三田明は正直ムッとしたそうですが、その後電話をすることが多くなり、交際に発展していったそうです。
馴れ初めのエピソードが示す通り、三田明の奥さんは、人気絶頂だった時代の三田明を全く知らない世代。だからこそ、奥さんが指摘してくれる内容はいつも的確で、自分自身を見つめ直すことができると、三田明は語っています。現在も夫婦仲はすこぶる良好な様子で、それまで災難続きだった三田明の人生は、結婚を機に良い方向へと転換されたのかもしれません。
三田明が「徹子の部屋」で秘話を告白!今なお現役の歌手として活躍中
2018年で71歳になる三田明は、歌手としてまだまだ活躍中です。高齢化社会を迎え、シニア対象のコンサートが増えている中、多くの歌謡曲ファンから注目されている「夢コンサート」にも出演しています。「夢コンサート」のキャッチコピーは、「夢の豪華スター総出演!胸おどる!昭和歌謡コンサートの決定版!」で、ターゲットは70~80代。大きなホールだけではなく、家からも近い1000人が入る規模の会場でもコンサート活動を行っています。
休憩時間には、ロビーで、握手会やサイン会も行われるというのも、スターに一目会いたいという往時のファンから人気を集めている理由の1つでしょう。三田明が人気絶頂だった若かりし頃を知っているファンにも、三田明の歌を聞き、休憩時間には直接会うこともできる「夢コンサート」を楽しみにしている人は多いのではないでしょうか。
2018年4月24日に放送されたテレビ朝日の「徹子の部屋」に出演した三田明は、これまでの波乱万丈な人生について語る中で、ものまねスターとして人気だった時期についても言及しています。自身のコンサートに「ものまねコーナー」を設けるほどものまねが得意だった三田明は、1974年に放送されていた「スターものまね歌合戦」に出演して、橋幸夫や森進一のものまねを披露していました。
いずれも好評で、ものまねスターとしても売れたものの、歌手としては葛藤もあったようです。縁があってドラマに出演した時にも、歌を捨てることはできなかったと言います。近年は、本格的に再開した歌手活動も軌道に乗り、2011年には「明煌の会」というファンクラブもできました。三田明に会うことを楽しみにしている人は全国にたくさんいるので、これからもますます元気に歌手活動を続けていってほしいと思います。