持田香織の喉劣化がヒドイ!?歌い方が変わった原因は?

持田香織の喉劣化がヒドイ!?歌い方が変わった原因は?

持田香織が喉劣化で歌唱力を失った?歌い方までクドくなり……

持田香織の透き通った歌声こそがEvery Little Thing(ELT)最大の魅力ともいえるだけに、近年の喉劣化は衝撃的です。デビューから2年、初のミリオンヒットとなった1998年の「Time goes by」。近年でも、持田香織は、この往年のヒット曲をテレビで披露することがありますが、全盛期に比べて、明らかにキーを下げているはずなのに、序盤から声がかすれ気味で、息も絶え絶え。最もキーが高くなるサビの部分などは、喉全開で絞りだすしゃがれ声が不安定すぎます。

全盛期の鼻の頭を抜けていくような美しい高音が失われただけではなく、歌い方まで甘えたようにベタベタとクドくなってしまった持田香織。実は、喉が劣化してしまったのは、2005年1月末、ELT史上最長ライブツアー「commmon place tour2004-2005」の最中に患った病気が関係していたのではないかと見られているようです。

持田香織の喉劣化の原因は急性気管支炎?ポリープ手術の噂も

持田香織にとって、2004年末から2005年始にかけては、「commmon place tour2004-2005」38会場44公演の真っ只中、音楽特番への出演も重なって、過去最悪に喉を酷使した期間となりました。その疲れが祟ってか、持田香織は、急性気管支炎を発症してしまい、2005年1月23日の熊本市民会館のライブでは、「fragile」が歌えずに、ステージ上で泣きだす事態に。1月に予定されていたライブは4月に延期されることとなりましたが、2月以降はスケジュール通りにステージに立ち続けました。

「急性気管支炎って風邪でしょ?」「本当はポリープ摘出手術をしたのでは?」という声もあるようですが、気管支炎時にここまで喉を酷使しては、潰れてしまっても仕方がありません。持田香織の歌い方が変わってしまったのも、潰れた喉をかばうためか、歌声の不安定さをごまかすためのものだったのでしょう。

持田香織の結婚した旦那は誰?性格が悪いと噂されるワケ!

持田香織の結婚した旦那は?過去にはtetsuや松本人志との熱愛の噂も!

持田香織が2015年8月8日に結婚した旦那は、9歳下のスポーツインストラクター。身長180cmの細マッチョで、俳優・徳重聡似のさわやかイケメンだそうです。持田香織が体力づくりのために通い始めたジムで、トレーナーを担当してくれたのが今の旦那。交際期間は約1年半にわたり、2014年12月、持田香織がホノルルマラソンに挑戦した時に、旦那が献身的にサポートしてくれたことが、結婚への大きな弾みとなったそうです。

過去には、L’Arc~en~Cielのtetsuや松本人志と、ビッグネームとの熱愛が噂されたこともあった持田香織でしたが、37歳で結婚相手に選んだ旦那は一般人でした。いまだ子供がいないことや、旦那が若すぎること、またジムの客に手を出すのでは?などという理由から、ネットでは2年~3年離婚説を囁く声もありますが、今のところ不仲の噂は聞こえてきていません。

持田香織は性格が悪い?二面性や宗教洗脳騒動が問題視されている?

持田香織は、音楽番組に出演した時には、確かに無口で無気力系。それでいて、ライブになると、打って変わってアグレッシブな煽りを展開する姿を”二重人格”と毛嫌いされるならいざしらず、持田香織の何をもって”性格が悪い”とされているのでしょうか。2012年放送の「ひみつの嵐ちゃん」では、罰ゲームとして、豪快な変顔を披露した持田香織。本来ならば「意外とイイ子だね」となるところでもあります。

ところが、持田香織には、この直前に気功師による宗教洗脳の噂があったため、かえって持田香織の株を下げる結果に。しかし、気功師を頼った理由は、”不安神経症で声も出なくなってしまったため”だったそうなので、これを責めるのも心ない気はします。ただ、全盛期の頃にはMステで「学生時代にいじめていた相手が先生にチクッて面倒なことになった」と、いじわるな笑みを浮かべて話していたこともあったそうですから、「持田香織は性格が悪く、クッソ生意気!」との意見を持つ人は、全く根拠なしに言っているわけでもなさそうです。

持田香織の愛車がステキ!喉劣化、性格、宗教とネガティブな話題が多いワケとは?

持田香織が、2016年5月21日・22日にお台場で開催された、「フォルクスワーゲンデイ」のトークゲストとして登場しました。持田香織の愛車は、1992年にフォルクスワーゲンが発売したカブリオレ。免許を取得してから20年近くも同じ車に乗り続けるというこだわりようは以前から有名でした。もちろん金欠だから……というわけではなく、持田香織は、3億円かけて、5階建てのマンションを自前で建設した財力の持ち主。

そこへスポーツインストラクターという不安定職業の年下夫がやってきたとあっては、世間があれこれ邪推しないはずもありません。子役出身の持田香織は、1996年にEvery Little Thingでデビューする前にも、「週刊ヤングマガジン」誌上で結成された、「黒BUTAオールスターズ」をきっかけにソロ歌手デビューを果たしましたが、ヒットせずに、一旦芸能界を離れています。

その後、全日本国民的美少女コンテストに応募して予選敗退したこともあったそうですが、持田香織自身が、過去に全く蓋をしようとしないところは、むしろ清々しさを感じますよね。ところが、持田香織のように芸能生活が長くなると、過去の言動がいつまでも尾を引いて、ネガティブな話題ほど面白おかしく取り上げられがち。喉劣化についても、確かにかつての持田香織の歌声や歌い方ではなくなりましたが、うがった見方を捨てれば、経年の味が感じられるというものです。

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