大黒摩季に歌詞の才能無し?ライナーノーツの中傷が酷すぎる!
大黒摩季の歌詞にゴーストライターが?古巣事務所が大暴露!
大黒摩季が作詞・作曲を手掛けた「ららら」「夏が来る」など多くの楽曲は、1990年代を代表する大ヒットとなりましたが、それらの歌詞にケチがついたのは2001年のことでした。問題となったのは、大黒摩季が脱退した後のビーング事務所が勝手に発売した大黒摩季ベストアルバム「BACK BEATs #2」。「大黒摩季」から、「ビーングスタッフ・大黒摩季」と書き換えられた作詞クレジットは、ほとんどの歌詞が、大黒摩季の全面的なオリジナル作品ではないといっているようなものでした。
歌詞カードだけではなく、ジャケットの裏面にも同様に表記して、CDを買わない人にも大黒摩季の全面作詞ではないことをアピールするという執拗さ。ビーングが、大黒摩季本人の意思とは関係なく発売したアルバムで、主役の歌手を、わざわざ”歌詞の才能なし”と喧伝するようなマネをしたのは、脱退した大黒摩季への嫌がらせだった……と人々は言います。
大黒摩季アルバムのライナーノーツで本人叩き!古巣事務所の嫌がらせが続く?
大黒摩季の2007年のベストアルバム「BEST OF BEST1000大黒摩季」も、ビーングが本人の了解をとらずにリリースした非公認作品でした。そのアルバム付属のライナーノーツでは、ほぼ長戸大幸プロデューサーが書き換えたとされる歌詞の具体例を挙げ、トドメに「詞の天才ZARDの坂井泉水に対して……」とイヤミ表現で大黒摩季をこき下ろしています。
また、「天狗になりやすい性格」、「20歳から鼻っ柱が強い」と、人間性を否定すものや、デビュー前の大黒摩季が煮詰まって渡米したことを「現実逃避行中」と表現するなど、目を疑うような誹謗中傷の数々。例え円満移籍でなかったにしろ、ここまでやると品性に欠けるというものです。作詞にケチがついてしまった大黒摩季よりも、事務所のイメージダウンのほうが大きいのでは?という意見がネットで相次いだことはいうまでもありません。
大黒摩季と坂井泉水に不仲の噂!結婚した夫や子供は?
大黒摩季が坂井泉水を死亡当日にバッシング?不仲説の発端となった発言とは?
大黒摩季と坂井泉水の不仲説が勃発したのは、2007年5月27日放送の「ウチくる!?」に出演した大黒摩季のデビュー秘話が発端でした。大黒摩季には、なかなかソロデビューさせてもらえずに、ビーング事務所出身アーティストのバックコーラスばかりさせられていた時代がありました。
MCの中山秀征に、「へたクソだと思うアイドルもいたでしょ?」と尋ねられた大黒摩季は、「はい、ぶっちゃけ」と回答。さらに「何であんたの気持ち悪い音程に合わせて歌わねばならないのだ!カワイイってこういうことか、やっぱ顔か体か!」と続けました。
この番組は生放送ではありませんが、放送された日は、奇しくも坂井泉水が亡くなった日。ZARDの所属事務所がビーングであること、坂井泉水が元レースクイーンで美人と評判だったことから、この発言が、坂井泉水を指すものと推測したZARDファンにより、大黒摩季のブログは大炎上。同ブログで哀悼の意を表明するも、なかなか火種は消えなかったようです。
大黒摩季と結婚した夫のイイ話と病気で子供に恵まれない明暗
大黒摩季は、2003年11月11日、33歳の時に一般男性と結婚しています。大黒摩季が友達と参加した合コンで知り合ったという夫は、大黒摩季と同じ年のIT関連企業の会社員。夫には、プロのサッカー選手を目指しながら怪我で挫折した過去のトラウマがありましたが、大黒摩季がそれを知ったのは交際が始まった後のこと。
「歌手として成功した自分と一緒にいるのはつらいのでは?」と不安になった大黒摩季は、嫌われることを覚悟で、夫にサッカーボールをプレゼント。現実に向き合うことで、夫は、大黒摩季とサッカー観戦するほどになったそうです。結婚した頃の大黒摩季は、夫を「スーツを着た王子様」と呼び、大変幸せそうに見えました。
しかし、結婚前から患っていた子宮腺筋症が原因で、妊活するも、妊娠・流産を繰り返すばかりで子供には恵まれなかった大黒摩季。結果的に病気の悪化を招いた大黒摩季は、2010年10月末から活動停止して、治療に専念することとなります。
大黒摩季が病気克服で完全復帰!古巣事務所との再契約には違和感が
大黒摩季の子宮の病気は、子宮腺筋症だけではなく、子宮筋腫、子宮内膜症、卵巣嚢腫と4つに及び、内臓を圧迫するほど悪化していたといいます。子宮全摘出という最悪の事態を避けるために、2010年から休業・投薬治療を続けてきた結果、2015年11月の手術を経て、完治の兆しが。すでに大黒摩季はボイストレーニングを開始しており、現在は、新曲のレコーディングも行っているそうです。
また、2016年8月13日に北海道で行われる野外フェス「ライジングサン・ロックフェスティバルin EZO」でステージ復帰することも分かりました。大変喜ばしい話ですが、大黒摩季が復帰するに際し、古巣・ビーングと再契約していたと聞いては、そちらのほうが気になって仕方がありません。大黒摩季は、2016年5月18日に発売されたZARDのトリビュートアルバムにも参加しています。
その際、「1990年代から2人を並べて歌わせるのが夢だった」と嬉しそうに語っていたのは、大黒摩季の歌詞をほぼ担当していたとビーングが主張していた長戸大幸プロデューサー。大黒摩季が古巣との長年の確執を解消して、再びパワフルな歌声を聴かせてくれるのなら、ファンとしては何の問題もないのかもしれません。ただ、あの史上最悪のライナーノーツに、大黒摩季がどう折り合いをつけたのか?というところに、スッキリとしないものを感じてしまいます。