寿美花代の華麗なる宝塚時代を振り返る!芸能一家を襲った事件とは?

2017年9月12日 更新

寿美花代の「華麗なる千拍子」ほか宝塚時代を振り返る!身長やプロフィールは?

寿美花代の「華麗なる千拍子」ほか宝塚時代を振り返る!トップスターになったきっかけは代役だった?!

寿美花代(すみはなよ)は、宝塚出身のベテラン女優。宝塚時代は、男役トップスターとして活躍していました。初舞台は1948年の「春のをどり」ですが、トップスターになったきっかけは、1951年の舞台「蜂蜜の冒険」です。風邪で舞台に立てなくなった主役女優の代役としてステージに立った寿美花代は、華麗なダンスで注目を浴びます。

次いで、1952年には「猿飛佐助」で初主演。寿美花代のブロマイド売り上げはトップとなり、1953年の「アンニー・ローリー」では宝塚新人演技賞を受賞しました。その後、「華麗なる千拍子」で芸術祭賞やテアトロン賞を受賞するなど、演技の実力も認められていきます。

寿美花代の宝塚歌劇団入団理由は勉強嫌い?

寿美花代は、宝塚で男役トップを張っていただけあって、身長162cmと、同年代の日本人女性と比べると、高身長でスラリとした体型。寿美花代は、1932年に兵庫県西宮市で生まれ、本名は高嶋節子です。旧姓は松平で、なんと松平定信の末裔という名家の生まれだそうです。

そんな寿美花代が宝塚歌劇団に入団しようと思ったのは、勉強嫌いだったから。戦後、疎開先から実家のある兵庫県西宮市に戻ったものの勉強について行けなかったため、遊んで暮らせる方法はないものかと考えていたという寿美花代。新聞に宝塚生募集の広告を見つけ、宝塚音楽学校を受験したところ、見事に合格しました。

寿美花代の長男・道夫の事件とは?息子の高嶋政宏と高嶋政伸は実力派俳優として両親を超えた?!

寿美花代の長男・道夫の事件とは?生後5カ月で亡くなっていた……

寿美花代は、1963年に、俳優でタレントの高島忠夫と結婚しました。2人の馴れ初めは、彼女が司会を務めていた「季節のミュージカル」に、高島忠夫がゲスト出演したこと。2年の交際を経てゴールインしますが、寿美花代にとって、高島忠夫は初恋の人でした。結婚を機に宝塚を引退した寿美花代は、翌1964年に長男の道夫を出産。しかし、生後5カ月で亡くなっています。

これは、殺害事件によるものでした。当時、人気スター高島忠夫の自宅では、看護婦や家政婦など3人の女性が住み込みで働いていました。ある日の深夜、長男の道夫がいないと騒ぎになりました。夫と2階の寝室で寝ていた寿美花代が子供の部屋へ行っても、看護婦と一緒に1階で寝ていたはずの長男の姿が見当たりません。家中を探したところ、風呂場の浴槽の中にいる長男を発見。すぐに病院に連れて行きましたが、すでに亡くなっていました。

警察の事情聴取により、自分が殺したと自供したのは家政婦でした。殺害動機は、ずっと高島夫婦にかわいがられていたのに、長男の道夫が生まれてからは、自分が疎外されていると感じたから……。新潟県から集団就職で上京したという、17歳の家政婦の幼い嫉妬心による犯行でした。事件からしばらく経ってから、寿美花代が明かしたところによると、事件以降は浴槽につかることができなくなり、シャワーを浴びる毎日だそうです。

寿美花代の息子の高嶋政宏と高嶋政伸は実力派俳優として両親を超えた?!夫・高島忠夫を献身的に支える夫婦愛

いたたまれない事件によって長男を失ってしまった寿美花代と高島忠夫夫妻ですが、悲しみを乗り越えて、1965年には第二子の高嶋政宏、1966年には第三子の高嶋政伸を授かっています。旦那の高島忠夫とは、トーク番組に出演したり、CM共演したりする機会も多く、芸能界きってのおしどり夫婦として有名でした。

高嶋政宏と高嶋政伸が成長し、それぞれが俳優としてデビューしてからは、芸能一家として知られるように。いつも仲の良い様子で、家族4人そろってファミリーコンサートを開催していた時期もありました。しかし、旦那の高島忠夫が1998年に鬱病を発症した頃から、平穏だった家庭生活に変化が起こり始めます。

糖尿病や、アルコール依存症なども患っていた旦那の高島忠夫は、さらにパーキンソン症候群を発症。献身的に看病に当たっていた寿美花代も、テレビで姿を見ることが少なくなりました。その一方で、高嶋政宏と高嶋政伸兄弟は、俳優としてそれぞれ成長しました。2016年のNHK大河ドラマ「真田丸」北条氏政役を怪演した弟・高嶋政伸に続き、2017年の大河「おんな城主 直虎」では、兄・高嶋政宏が本田忠勝役で出演するなど、どちらも実力派俳優として活躍しています。

寿美花代が待ちに待った初孫が誕生!高島家はこれからも安泰!

2017年8月21日、寿美花代の三男・高島政伸に長男が誕生しました。高島政伸は、前妻でモデルの美元との離婚騒動が泥沼化し、激太りなどが心配されていましたが、2015年9月に15歳年下の一般女性と再婚。かねてから待ち望んでいた、第一子を授かりました。

次男の高嶋政宏&シルビア・グラブ夫妻には子供はいないため、寿美花代と高島忠夫にとっては初孫です。高嶋政伸から息子が生まれたことを報告された時には、2人そろって「おめでとう!」大きな声で喜んだそうです。松平家の末裔である寿美花代が嫁いだ高島家もまた、昔から大地主だったという財閥一族。そのため高島政伸は、その家系を絶やしてはいけないと強く思っていたとか。そうした思いがあったと知ると、高島ファミリーにおける初孫誕生が、いかに大きな意味を持つことがうかがわれます。

寿美花代は、テレビで見る限り、天真爛漫でいつも笑顔ですが、高島忠夫を介護する日々において、自身も鬱病になりかけたことがあったと告白しています。しかし、自分を守ることができなければ夫を支えることができない、自分を奮い立たせ、おしゃれに気を配ったり、自分の時間を楽しんだりもしながら、厳しい介護生活を乗り越えてきました。

2017年現在、85歳の寿美花代は、年齢を感じさせない美しさ、華やかさがあります。その姿は、旦那・高島忠夫の生きる力にもなっているのではないでしょうか。介護生活は続くと思いますが、初孫誕生の喜びをパワーに変えて、今後も夫婦仲むつまじく幸せな日々を送ってほしいですね。

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