谷村新司が激ヤセで病気やガンの噂!娘や息子の最近は?

谷村新司が激ヤセで病気やガンの噂!娘や息子の最近は?

2022年6月10日 更新

谷村新司が激ヤセで病気やガンの噂!娘や息子の最近は?

谷村新司の激ヤセは、がんでも病気でもなかった……ではなぜ?

谷村新司は、言わずと知れたニューミュージック界の重鎮です。2016年11月7日放送の「SMAP×SMAP(スマスマ)」に出演し、谷村新司とSMAP全員が、名曲「昴」を歌う姿には、SMAPファンにとって、万感せまるものがありました。さて、SMAPのことはさておき、出演した谷村新司を見て、彼がひどくヤセているなと感じた人も、かなり多かったに違いありません。

今年の日本テレビ「24時間テレビ」に出演して以来、谷村新司のヤセようには、がんなどの病気ではないかといった噂が出ていますが、真相はどうなのでしょうか。現在のところは、谷村新司のがんや病気説は、噂の域を出ていません。最近、谷村新司は、スピリチャル熱が高じているようで、独自の健康法などによるダイエットの結果なのかもしれませんね。

谷村新司は1970年代のニューミュージックの旗頭「アリス」のメンバーだった

谷村新司は、1948年生まれで67歳。1972年、フォークソングブームの最中に、谷村新司、堀内孝雄の2名で「アリス」を結成し、「走っておいで恋人よ」でデビュー。3人目のメンバーとなる矢沢透は、デビュー後すぐに「アリス」に参加しています。以来、谷村新司は、グループの解散や再結成、ソロ活動、他の歌手への楽曲提供などを行いながら、半世紀近く、ニューミュージック界の重鎮として活躍しています。

日本だけでなく、アジアの音楽シーンにも多大な影響を与える存在となりました。そんな谷村新司には子供が2人います。娘は、谷村詩織として、すでにシンガーソングライターとしてデビュー。2009年、長野県善光寺でおこなわれた音楽イベントでは、親子共演を果たしています。

翌2010年には、谷村新司の息子が、在日3世の女性と結婚。新婦は、お色直しをすると、チマチョゴリ姿で登場したとか。かねてから、アジアを音楽でつなぐ活動を推進していた谷村新司にとっては、感慨深いものでした。

谷村新司が語る「昴」の歌詞の意味!名曲ランキングトップ3!

谷村新司の「昴」はプレアデス星団の超自然的存在によって作られた?!

谷村新司は、息子の披露宴でも、アジア各国でヒットした名曲「昴」を披露しました。谷村新司は、激ヤセだけでなく、この「昴」という曲が生まれたエピソードでも話題になっています。谷村新司は、「昴」誕生のエピソードをはじめ、スピリチャルというよりは、もはやオカルトの領域に踏み込んでいるともいえる話を、2014年に出版した「谷村新司の不思議すぎる話」という本にまとめています。

その内容は、極めて衝撃的です。「さらば、昴よ」という歌詞をふいに思いついた谷村新司は、「昴」という言葉の意味を調べます。すると「昴」は、おうし座の散開星団、つまりプレアデス星団の星を指していて、このプレアデス星団こそ、かねてより地球にコンタクトしてきている宇宙人の星だと知ったそうです。

それ以降、谷村新司は、プレアデス星団の何者かと、意思疎通ができるようになったといいます。谷村新司は、その者から送られてくるメッセージにそって、日本とユダヤ人が同じ祖先を持つという「日ユ同祖論」など、摩訶不思議な話をいろいろと調べてみることになったのだとか。

谷村新司は、「昴」という曲を作ることができたのも、この超自然的存在によるものと信じている様子です。「谷村新司の不思議すぎる話」の最後では、「昴」という歌に、「目に見えるモノだけに縛られる物質的な生き方に別れを告げ、目に見えないモノを大事にする精神的に豊かな生活を選ぼう」という、秘められたメッセージが込められていると語っています。

谷村新司の後期に放たれた叙情的名曲3曲

谷村新司による「アリス」以降の代表曲の筆頭は、やはり、アジア的大ヒットとなった、1980年の「昴」が挙げられます。続いて、国鉄(現JR)によるディスカバージャパンキャンペーンで、山口百恵が歌った1978年度のタイアップ曲「いい日旅立ち」。結婚式などで歌われることも多い楽曲ですが、谷村新司は「この唄は、祝いの席に歌うような、いい意味の曲ではありません」としています。

そして、1992年の日本テレビ系「24時間テレビ 愛は地球を救う」で、加山雄三と共同制作し、心のふるさとをテーマにした「サライ」も外せません。いずれも曲も、日本歌謡界史に残る名曲といってよいでしょう。

谷村新司はSMAP×SMAPで「昴」をメンバー一人一人を癒すために歌った

谷村新司は、先日放映された「SMAP×SMAP」で、「昴」を歌ったことに関して、多分にSMAP一人一人に対する癒しを歌に込めていたようです。谷村新司の公式サイトには、「いつの日か、いろんなことを経験し、そしてそれを乗り越えてまた笑顔での5人の再会の日が来ることを願って、『昴』を一緒に歌いました。

その歌詞の一言一言が、長く支えてくれた人たちへの感謝の気持ちです」と綴られています。谷村新司は、デビュー間もなく、文化放送ラジオ「セイ!ヤング」のDJとしても脚光を浴びました。その優しく甘い声で語られるエッチな話に、リスナーたちは大興奮でした。

蒐集したアダルトビデオの本数は2000本以上という大阪のどすけべなお兄さんは、やがて、ニューミュージックの旗頭として、年を経るとともに、日本の自然や花鳥風月の素晴らしさをメロディに紡ぎ、名曲を編み出します。その結晶ともいえるのが、伝説の歌姫、山口百恵が歌った「いい日旅立ち」です。

谷村新司の叙情的な楽曲は、アジア圏でも大人気となり、ついに中国では、谷村新司が上海音楽学院の教授を務めるまでになります。そして近年は、日本国際博覧会「愛・地球博」のNHKテーマソング「ココロツタエ」や、2007年、平城遷都1300年記念祭テーマソング「ムジカ」などを発表。人間の歴史や自然をイメージした壮大な楽曲を制作する大作曲家となりました。

もしかしたら本当に、谷村新司の成功は、プレアデス星団の超自然的存在の賜物なのかもしれません。そういえば、最近の谷村新司の佇まいは、ますますE.Tやヨーダっぽくなってきましたよね。

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