橋本環奈はアラサー女子の星?!やぶうち優先生へのリスペクトがハンパない

橋本環奈はアラサー女子の星?!やぶうち優先生へのリスペクトがハンパない

4月3日に発売された小学館発行の少女漫画雑誌「ちゃお」五月号に、あるアイドルのメジャーデビューまでの軌跡が、読みきりで掲載されました。デビューする前から千年に一人の逸材と言われ、イベントでその姿を見た人々から「天使すぎる」と話題に。そしてその「天使すぎる」アイドルの脚光を浴びるまでの、奇跡とも呼べる軌跡を描いた漫画家が、アラサー女子の間で話題となっています。そネットでも反響を呼び、過去作品を引っ張り出して盛り上がるアラサー女子達。その話題の漫画家とアイドルのコラボしました!

橋本環奈の軌跡を漫画化したのはアラサー女子の星だった!

 橋本環奈 その軌跡を描いた漫画家、やぶうち優とは

覚えていらっしゃる方も多いかもしれませんが、一応説明します。やぶうち優「水色時代」と言えば、アラサー女子の星と言っても過言でないほど、当時人気絶大でした。普通の女の子で12歳小学六年生の河合優子を主人公に、彼女を取り巻く友達、恋愛、身体と心の成長を描いた作品。ちなみに水色時代というのは、主人公優子の真っ白な子供時代と青春の青の中間と言うことで、水色の時代の物語だそうです。未だにそのほんのり甘く酸っぱい物語に、アラサー女子からのリスペクトがハンパないのです。やぶうち優とは1983年、当時13歳の若さで「ちゃお」からデビューした逸材でした。1980年代は学生生活を送りつつ、「ちゃお」などで読み切りを執筆。1990年代には「ちゃお」にてレギュラー作家として初連載作品を発表しました。現在は二児の母になられていて、子供を育てつつ活動してらっしゃいます。感慨深い気持ちになってしまいました。何故なら当時、「水色時代」はやぶうち優先生をモチーフにしているのでは?と言われていたので。相手が誰なのか、真相は解りませんが、読み返せばその時代の自分が見える作品です、一度ご覧になってみてください!

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 橋本環奈 奇跡の一枚から一躍メジャーへ!

2003年に福岡のアクティブハカタという芸能プロダクションから、「DVL」という男女混合ダンス&ボーカルユニットが誕生。2011年に女性アイドルユニットへと方向転換し、名前を現在の「Rev.from DVL」になりました。橋本環奈の加入時期は2009年で、方向転換する前から所属しています。もしかすると、アクティブハカタは橋本環奈の可能性を感じて、女性ユニットに方向転換したのではないでしょうか。2003年から2011年まで脚光を浴びることが無かった「DVL」しかし橋本環奈に関しては、2010年にほっともっとのCMに起用され、その後もCMに起用されるなど光が当たり始めていました。そして運命は2-13年の11月3日に始まります。2ちゃんねるやTwitterなどで、博多リバレインのイベントで踊っている橋本環奈の画像が拡散され、1000年に1人の逸材として注目を浴びたのです。これにSKE48の松井玲奈(アイドルなのにアイドルが凄く大好きという人)もTwitterなどで反応し、されなる拡散を呼んで確実にブレイクしていきました。また昨年もフジテレビ系列バラエティ番組*AKB調べにて、橋本環奈の話題になり、「正直AKBメンバーにいなくて良かった現役アイドル」にも名前が挙がり、絶賛の嵐でした。これは憶測の域を出ませんが、指原莉乃がとある事情でHKTに移籍したのは、橋本環奈に対するAKB上層部の意識があった可能性が捨てきれません。何故ならHKTの発足は2011年11月、DVLより後に出来た福岡を拠点としたアイドルグループで、その時はクローズアップされる人物も今と違い居ませんでした。HKTに梃入れする話は前からあったと秋元康は語っていました。バラエティに強い指原莉乃を入れたことによりHKTは脚光を浴び、定着する事が出来たのです。もし指原莉乃の移籍が無ければ、Rev.fromDVLが福岡のアイドルの顔になっていたのではと思います。しかし上記のようにAKBからも後押しされるように、橋本環奈は全国区へ駆け上がり、その脚光を浴びるまでのストーリーは奇跡とも言われているのです。

 橋本環奈 その家族とは?

 橋本環奈 ハーフ疑惑とカラコン

バラエティタレントのベッキーのような容姿の橋本環奈。ネットでもハーフなの?という話がよく見られますが、ご両親は日本の方のようです。またカラーコンタクト、いわゆるカラコンについても着用しているのでは?と言われていますが、ブログを昔のものからチェックしてみても明らかに私服でプライベートの時にメガネを掛けていたんですが、瞳の色は変わらなかったです。コンタクトをしていたとしても、カラーの無いものを使用しているのでしょう。性格は天真爛漫ではありますが、自分がグループを引っ張るつもりで頑張っている姿がブログからも見受けられます。業界人からも受けがいいようで、昨年「ベストスマイル・オブ・ザ・イヤー2014」の授賞式に橋本環奈とともにベストスマイルに選ばれた坂上忍は「本当に真面目で良い子」と褒めていました。また「本当に真面目で、裏で一緒に座っていた時も、台本に自分の字で何を喋るか書いていて、ぶつぶつ覚えていた」と裏話もしています。また、明石家さんまは、自身の番組である「痛快!明石家電視台」で初共演した際、物怖じしない姿勢を「しっかりしている」と評価していました。ただ可愛いだけでこんなに長く愛されたわけではない、と言うことですね。

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 橋本環奈 実は双子の兄が居た?

これは橋本環奈さんの公式ブログにて、ファンからの質問に答えた記事が去年の六月ありまして、その中で双子の兄弟が居ることを明言しています。ただどちらが兄とは描いていませんでした。兄だと信頼に足りる情報が無いので、ここではどちらとは言わないでおきます。そして、双子ではありませんが、上にお兄さんが居て、三人兄弟だそうです。兄弟は芸能活動をしてないようですが、彼女の可愛さを見ると、兄弟も端正な顔立ちをしてそうですね。モデルをしていてもおかしくなさそうです。また話題性もありますので、今後テレビに出る可能性が期待できますね。

 橋本環奈の出身地、福岡県はどんなところ?

 橋本環奈の出身地 福岡県は実は「うどん」発祥の地!

今までうどんは香川県の代名詞だと思っていましたが、実は福岡がうどんの発祥の地なのでは、という話があるのをご存知でしょうか?それは福岡市の承天寺境内に「饂飩蕎麦発祥之地」と記された石碑があります。この石碑のある神社を開いた円爾というお坊さんが、仁治2年西暦でいうと1241年に帰国した際、製粉の技術を持ち帰り、饂飩、蕎麦、饅頭の文化を広めたと言われています。また、ゴボ天うどんや丸天うどんに見られる独自のトッピングをしたうどんも存在し、うどんはくちびるで切れるくらいの堅さだそうです。また、かしわ飯(鳥の炊き込みご飯のようなもの)とうどんをセットで頼むのが定番になっているとか。福岡と言えば博多ラーメンかと思いましたが、地元の人にはうどんもメジャーで、尚且つうどんのチェーン店も数多くあるようです。是非一度、発祥の地と言われる福岡のうどんを食べてみては如何でしょうか。

 橋本環奈の出身地 福岡県「博多どんたく港まつり」

室町時代にあった「博多松囃子(はかたまつばやし」という領主への年賀行事を原型としたお祭りです。毎年5月3日と4日に行われています。「どんたく」は明治5年に「金銭を浪費しかつ文明開化にそぐわない」という理由で同年11月福岡県からの通達によりに一時禁止されていた松囃子。福岡の人たちはこれをなんとか復活させようと考え、オランダ語で休日を意味する「ゾンターク」から「どんたく」として昭和37年に福岡市民祭りとして位置付けられ、「博多どんたく港まつり」がスタートしたそうです。市内30以上でイベントが繰り広げられ、街は祭り一色に染め上げられます。またその時に博多松囃子も行われていると言うことで、是非博多どんたく港まつりを訪れる際は、そちらもご覧いただければと思います。
橋本環奈は今年2月3日に16歳になりました。水色時代を過ぎた彼女のこれからの活躍と、思い出をくれたみずうち優先生のご活躍を期待したいですね。

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