小林麻美が子供を極秘出産!夫との結婚、引退を振り返る

小林麻美が子供を極秘出産!夫との結婚、引退を振り返る出典:http://matome.naver.jp

小林麻美が子供を極秘出産!夫との結婚、引退を振り返る

小林麻美は八重歯が可愛い70年代の元祖アイドルだった

小林麻美は、1953年生まれの62歳。今では、ほとんどの人が子供の頃に矯正してしまいますが、70年代アイドルにとっては、八重歯もまたチャームポイントの1つでした。70年代の初めといえば、歌謡曲の黄金時代。現在のアイドルの原型とも言われる若い新人歌手が、次々とデビューしました。

少女雑誌のモデルからデビューした小林麻美は、ライオン歯磨きのテレビCMに出演、抜群のスタイルと、八重歯のキュートな笑顔が注目され、1972年に「初恋のメロディー」で歌手デビューします。当時、小林麻美と同じように、モデルからデビューした同期には、麻丘めぐみや風吹じゅんなどがいます。「潮風のメロディー」で歌手デビューした小林麻美は、またたく間に人気が出ますが、歌は決してうまくなく、当時増え始めたバラエティ番組なども苦手だったようです。

小林麻美が田邊エージェンシー田邊昭知と電撃結婚、極秘出産

小林麻美は、歳を重ねるごとに、可憐な少女から洗練された大人の女性へと成長していきました。そして、資生堂やパルコのビジュアルクイーンとして、圧倒的存在感を示します。小林麻美の都会的でアンニュイなイメージを決定づけたのは、1984年に出した「雨音はショパンの調べ」ですが、歌番組で、生で歌ったことは一度もない小林麻美。

そのイメージだけが伝説化していきます。そして1991年、芸能界を驚かせたのが、堺正章やタモリ、研ナオコ、堺雅人などを擁する大手芸能プロダクション、田辺エージェンシー社長田邊昭知との電撃結婚。夫となった田邊昭知53歳、小林麻美37歳の年の差婚でした。

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実は、小林麻美が渡辺プロに所属した20歳の頃から付き合っていたという2人。小林麻美は、電撃結婚の2カ月前に、長男を極秘出産していました。以後、芸能界を引退し、家庭に入った小林麻美は、伝説の美女として語り継がれます。

小林麻美は映画「真夜中の招待状」「野獣死すべし」に出演!ヒット曲もアリ!

小林麻美が強烈な印象を残した、たった2本の出演映画

小林麻美は、1980年、1981年と立て続けに2本の映画に出演し、強い印象を残しています。東映の「野獣死すべし」は、松田優作が主演のハードボイルド作品。小林麻美が演じたのは、銀行強盗を企てる主人公の凶弾に倒れる、薄幸のヒロイン役でした。

真っ赤なドレスを着た小林麻美が、銃を構えた松田優作に抱きかかえられる映画のポスターは、今までの日本映画にはないスタイリッシュなデザインで衝撃的でした。続いて小林麻美が出演した「真夜中の招待状」は、ベテラン野村芳太郎監督作品。当時話題となった「蒸発」をテーマにしたオカルトチックな作品でしたが、都会的で謎めいた小林麻美のアンニュイなイメージを全面に打ち出した、プロモーション映画としても見ることができます。「真夜中の招待状」で、小林麻美は、大胆なベッドシーンも演じています。

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小林麻美「雨音はショパンの調べ」のヒットに隠れた王道の歌謡POPS路線

小林麻美の歌に関しては、デビュー曲の「潮風のメロディー」、そして後のイメージを決定づけた大ヒット曲「雨音はショパンの調べ」が有名です。デビュー曲「潮風のメロディー」のアイドル路線はすぐに修正され、以後は、同期の麻丘めぐみや木之内みどりのような歌謡POPS路線で、何曲かリリースしていった小林麻美。

中でも、1975年の「アパートの鍵」は、作詩安井かずみ、作曲筒美京平で、スマッシュヒットしました。小林麻美は、映画出演する頃には、すでに八重歯がなくなっていました。八重歯の可愛い少女から、大人のいい女、そして伝説のミューズへと、華麗なる転身を遂げていったのです。

小林麻美は元オリーブ少女のカリスマ!雑誌「Ku:nel」に登場

小林麻美が、25年ぶりに芸能活動を再開するというニュースが飛び込んできました。マガジンハウスの隔月誌「Ku:nel」が、50代女性に向けて、大幅なリニューアルを敢行。ターゲットは、元オリーブ少女だそうで、かつてオリーブ少女たちの憧れの的だった、伝説のミューズ・小林麻美の起用が決まったのだとか。「Ku:nel」9月号の表紙を飾っただけでなく、連載も始めた小林麻美。

今回の仕事にあたっては、次のように語っています。妻として母として、充実した人生を過ごしてきたけれど、子供も巣立ち、60代を迎えて、これからの人生について考えた時、再びおしゃれへの情熱が目覚めたそう。現役の頃は、ギャラのほぼ全てをイブ・サンローランの洋服につぎ込んでいたという小林麻美。今回の撮影でも、自身のサンローランのヴィンテージコレクションをまとい、撮影に挑みました。

またインタビューの中で、小林麻美は、約20年かけて買い集めたサンローランのコレクション約200点を、若いファッションクリエーターたちの刺激になればと、「日本服飾文化振興財団」に寄贈したことも告白しています。小林麻美が、一アイドルから、伝説のミューズとなれたのは、彼女の美に対する強い思い入れがあったことは確かです。しかし、それに加えて、小林麻美をずっと守り愛し続けた、田辺エージェンシー社長、田邊昭知の大きな存在があってこそではなかったでしょうか。

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