工藤公康 甲子園、プロ野球での成績、年俸は?息子、娘の職業は?食事、トレーニングから見えるプロ意識

工藤公康 甲子園、プロ野球での成績、年俸は?息子、娘の職業は?食事、トレーニングから見えるプロ意識

工藤公康 甲子園、プロ野球での成績、年俸は?

工藤公康 甲子園で大記録達成

2015年より、福岡ソフトバンクホークスの監督として指揮を執っている工藤公康。愛知県出身の工藤公康は、名古屋電気高等学校出身です。1981年・第63回全国高等学校野球選手権大会に出場し、2回戦の長崎西高校戦で史上18人目のノーヒットノーランを記録。

その力投により、チームをベスト4に導きました。卒業後は当然プロ入りかと思われましたが、その後行われたドラフト会議で、建築会社「熊谷組」への就職を発表。なんと工藤公康は、プロ野球入りをきっぱり拒絶してしまったのです。しかし、西武ライオンズが、6位で強行指名したという経歴を持ちます。

工藤公康 気になる年俸は?

工藤公康は、プロ野球現役時代、西武〜ダイエー〜巨人〜横浜〜西武、と5球団に移籍しています。そんな現役時代の工藤公康の成績ですが、通算224勝142敗でリーグ優勝14回、日本一11回 オールスター10回出場と実に華々しい成績。特に、西武、ダイエー、巨人の3球団全てで日本シリーズを制覇したことから、当時は『優勝請負人』の異名で呼ばれたことも。
そんな工藤公康の年俸はというと……?現役時代、巨人に移籍した2001年・2003年の3億円が最高額。さらに工藤公康のプロ野球現役時代の年俸を全てあわせると、36億5740万円になるといいます!工藤公康は、球団に「この額を支払っても欲しい」と思わせる天才投手だったことが分りますね。

工藤公康 息子、娘の職業は?食事、トレーニングから見えるプロ意識

工藤公康 息子と娘も有名人

工藤公康のプライベートはどんなものなのでしょうか?実は工藤公康には、息子と娘がいるのですが、どちらも有名人なのです。工藤公康の娘は、プロゴルファーの工藤遥香で、2011年7月にJLPGAのプロテストを受験し合格。LPGA新人戦、加賀電子カップでは、工藤遥香は通算5アンダーで見事優勝しています。
そして工藤公康の息子は、俳優の工藤阿須加。2012年テレビドラマ『理想の息子』でデビューし、NHK大河ドラマ『八重の桜』にも出演していました。工藤阿須加がブレイクしたのは、2014年の『ルーズヴェルト・ゲーム』(TBS)でしょう。およそ100名もの応募者の中からオーディションで選ばれ、父・工藤公康と同じポジションである社会人野球部の投手を見事演じ切りました。息子、工藤阿須加も、さすが工藤公康ゆずりの“勝負強さ”といったところでしょうか。

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工藤公康 食事を管理するのは……?

永らく現役生活を続けてきた工藤公康は、青汁や栄養値を考えた食事など、体調管理に非常に気を遣うことで有名です。しかし、若いころは酒の飲みすぎで医者に「このままだと死ぬよ」と言われるほどの不摂生ぶりだったとか。
それを救ったのが、工藤公康の妻、雅子さん。必ず毎日15種類ほどのおかずを食卓に並べるなど、食事面での体質改善を献身的にサポートし、これで工藤公康は健康体を取り戻したそう。雅子さんはこの経験を元にした「工藤家の元気がでる食卓―母ちゃんごはん『いただきます!』」という著書も出版しています。
さらに20代後半で故障して科学的トレーニングで復活を果たしたことから、工藤公康はトレーニングにもこだわりが。日頃から、「骨格の正しい動き」やウエイトトレーニングの重要性を強く主張しています。「いかにパフォーマンスを上げ、長くプレーできるようにするかということ」が最終目標だと語る工藤公康。29年間現役を続けたからこそ、工藤公康の食事やトレーニングに関する言葉には強い説得力がありますね。
『野球が好きになったのは40歳を過ぎてから』と語る工藤公康。若手選手時代には、普段着でDCブランドにジーンズとスニーカーを着こなしたり、ヒーローインタビューで冗談を言ったり、優勝の胴上げに参加せずカメラの前ではしゃいだりなど、これまでの野球選手の枠にはまらないキャラクターが話題となりました。周りの選手についていけず、「なんでプロに入っちゃったのかな、もう一回ドラフトの前に戻して!」と思っていたとか。
工藤公康がプロ意識に目覚めたのが、3年目にアメリカへ野球留学に行った時。日本とはまったく違う、あまりに過酷なポジション争いに野球感がガラリと変わり、自ら率先して練習をするようになったそう。他にも、日頃の精神的なモチベーションや、自分の夢をあきらめないなど、当時のアメリカの選手たちからいろいろと学んだと語っています。
そして29歳の時に、厳しいトレーニングで再度自分を鍛え抜き、投げても疲れない身体へと作り直した工藤公康。野球界で「中堅」と呼ばれる年齢になっても、故障を恐れず、常に自分を信じ、ひたむきに努力する姿勢が、48歳まで現役を続けるという快挙に繋がったのでしょう。
工藤公康はあるインタビューでこう語っています。「それからというもの、私は限界は作らないことにしました。そう、自分であきらめない限り、“限界”なんてものはないのです」。今や、福岡ソフトバンクホークスを率いる工藤公康“監督”。次は、監督としての限界超えに挑戦ですね。

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