長嶋茂雄の長女有希のタブーから始まる一茂、正興、三奈の確執とは?

長嶋茂雄の長女有希のタブーから始まる一茂、正興、三奈の確執とは?

長嶋茂雄 長女・有希のタブーから始まる一茂、正興、三奈の長島家の確執とは?

長嶋茂雄 栄光伝説の影に、家庭崩壊と4人の子供の確執

光あるところ、影あり。昭和球界のスーパースターであり、読売ジャイアンツ終身名誉監督、国民栄誉賞受賞のミスタージャイアンツ、長嶋茂雄でも例外ではないようです。その影は今、一層濃いものとなり、世の中の注目を集めています。

長嶋茂雄が脳梗塞で倒れたことで、亜希子夫人との不仲が明らかになります。さらに、亜希子夫人が2007年心不全で亡くなった際、長嶋茂雄と4人の子供たちのぎくしゃくした関係や、子供同士の確執が表ざたになっていきます。長嶋茂雄は、よく言えば野球一筋、悪く言えば全く家庭を顧みなない夫・父親の典型でした。

長嶋茂雄には4人の子供がいます。長男は今もテレビタレントとして活動している一茂、次男は元レーシングドライバーで現在は環境問題の研究者という正興。長女は一般女性として暮らしている有希。そして次女は、元テレビ朝日のスポーツ記者でタレントの三奈の4人です。一茂が言うには、長嶋家は、長嶋茂雄が現役時代、家族団らんなどという時間は一度もなく、みんなバラバラであったそうです。

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そしてここにきて、亜希子夫人が管理していた30億円にもおよぶ遺産管理や、長嶋茂雄という商標権をめぐって、長男の一茂と次女の三奈が、骨肉の争いを繰り広げています。一方、次男の正興は、一族の争いに関わることを避けてか音信不通状態。

また普通人で暮らしているはずの有希は、実は精神障害や薬物中毒であるといった噂が絶えず、唯一家族をつないでいた亜希子夫人が亡き後は、長嶋茂雄は、ただひとり孤独なのだとか。

長嶋茂雄 ミスタージャイアンツは不滅の男

昭和30年代から40年代にかけて、プロ野球は国民的スポーツとして熱狂的ブームとなり、なかでも王貞治(現福岡ソフトバンクホークス株式会社取締役会長)や長嶋茂雄のON砲を要する読売巨人軍は、絶対的人気を誇っていました。長嶋茂雄は1958年巨人軍に入団以来、4番サードを務め、打撃、守備全てにおいて、天性の華やかなプレーで、当時の映画俳優と肩を並べるスターとなりました。

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そして1974年、「我が巨人軍は永遠に不滅です。」という言葉とともに伝説となった引退試合のセレモニーでは、いい歳をした男たちみんなが涙して、長嶋茂雄の引退を惜しみました

そして引退後も、長嶋茂雄は巨人軍の監督として、「クリーンベースボール」や「チャレンジベースボール」に挑み、「メークミラクル」で野球を面白くしてくれましたが、2004年脳梗塞で倒れます。一時復帰が危ぶまれましたが、奇跡的に回復し、現在に至っています。

長嶋茂雄 名言、語録!たけしも呆れた天然エピソード集!偉大なる通算成績!

長嶋茂雄 たけしもぶっとぶ迷言?名言伝説

家庭的には恵まれない長嶋茂雄ですが、その現役、監督時代を通じての野球人生は、天真爛漫な行動と、天然ボケの発言が大注目のスーパースターでした。中でも英語を交えた名言語録は出色です。「How oldおいくつ?」「ワーストはネクストのマザーということで」「松阪くんが風邪?……インフレ?……インフレ?」最後の英語語録は、どうやら、インフルエンザと言いたかったのでしょう。

またビートたけしは、寿司屋の大将に、長嶋茂雄が「ヘイ。シェフ!」と言ったと語っています。ジャイアンツ愛、自他ともに知られる長嶋茂雄の熱狂的ファン、徳光和夫に会った時は「どちら様でしたっけ」。さらに徳光が、美味しい蕎麦屋を紹介するため一緒に入った店で、長嶋茂雄は、「じゃあ、僕はカツ丼」。

そこで徳光が「いえ、ここはそばが本当においしいんですよ」というと、「へえ、でも僕はカツ丼」と答えたとか。このように嘘のようなほんとの話が溢れる長嶋伝説に、最近では、長嶋茂雄は発達障害であったなどという説も出る始末です。いずれにせよ、野球人としての長嶋茂雄は、永遠の野球少年といった存在なのでしょう。

長嶋茂雄 ミスターベースボール、栄光の通算成績

長嶋茂雄の名誉のために、彼の偉大な通算成績をいくつかを紹介しておきましょう。今も歴代トップ級を保持し続けている記録は、シーズン最多安打6年連続でまた通算10回、シーズン150安打以上11回は、いずれもプロ野球記録として今も抜かれていません。また首位打者6回、同3回連続は、ともにセ・リーグ記録であり、右打者記録でもあります。

長嶋茂雄 ポカでトリプルスリーを逃がし、また長嶋伝説に

長嶋茂雄は、1958年デビューした年、球史に残るはずの記録を逃がす大ポカを犯し、これがまた長嶋伝説の一つとなっています。この年、長嶋茂雄は、打率3割5厘、本塁打29本、打点92、盗塁37で本塁打王、打点王の2冠と新人王に輝きました。しかし、このポカがなければさらなる大記録を達成していたのです。

9月19日の広島戦。長嶋茂雄は、ライナーで左中間スタンドに飛び込むホームランを打ちますが、一塁ベースを踏み忘れる痛恨のミスで、ホームランは無効となり、記録はピッチャーゴロとなってしまいました。もし、このホームランが成立していれば、プロ野球史上初となる、打率3割、30 本塁打、30 盗塁のトリプルスリーを達成していたのです。

ところで、プロ野球史上まだ8人しか達成していない、トリプルスリーを、今季2人の選手が達成するかもしれません。ヤクルトの山田哲人内野手と、ソフトバンクの柳田悠岐外野手です。いずれにせよ、このトリプルスリーは、打って走って守備もうまい、ファンを沸かせる選手の代名詞に他ありません。

例え幻であったとしても、長嶋茂雄が、この記録の第1号であったかもしれないのは、極めて象徴的なことでしょう。くれぐれも長嶋茂雄の子供たちには、良き父ではなかったにしろ、二度と現れることのない天才野球選手、長嶋茂雄の晩節だけは汚してほしくないものです。

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