岡崎朋美の子づくり宣言のその後!旦那・安武宏倫の職業は?

岡崎朋美の子づくり宣言のその後!旦那・安武宏倫の職業は?出典:http://www.asahi.com

岡崎朋美の子づくり宣言のその後!旦那・安武宏倫の職業は?

岡崎朋美子づくり宣言!その後は「スピード」復帰?

岡崎朋美は、1971年9月7日生まれで、現在44歳です。元スピードスケート選手の岡崎朋美は5度の冬季五輪を経験し、バンクーバーオリンピックでは、旗手も務めました。ママさんスケーターとして復帰を果たし、6度目となるソチオリンピックに挑戦しましたが、成績は振るわず、現役引退をしています。岡崎朋美が子づくり宣言をしたのは、2010年2月のバンクーバーオリンピックを終えた同年4月頃でした。

このとき、岡崎朋美は38歳で、旦那の安武宏倫が41歳。旦那の希望もあって、1年間の子づくり休業をした岡崎朋美でしたが、8月には妊娠を発表し、12月に女児を出産しています。逆算すると、バンクーバーオリンピック参加時に、すでにお腹には赤ちゃんがいた可能性も。それはさておき、夫婦念願の子宝に恵まれた岡崎朋美は、産後わずか11カ月後のジャパンカップで3位に入るという「スピード」復帰を見せ、ソチオリンピックを目指しました。

岡崎朋美の旦那・安武宏倫と「スピード」婚?気になる職業は?

岡崎朋美の旦那は、安武宏倫。元アスリートで、現在は一般のサラリーマンとして大手石油会社に勤めているらしいという噂です。高校、大学と野球をしていたという安武宏倫が所属していたと思われる東北福祉大学野球部は、当時、全日本大学野球選手権で準優勝しています。元アスリートというプロフィールであれば、実業団、あるいはプロの世界にいた経験があるのかも知れません。

岡崎朋美と安武宏倫の出会いは、友人の飲食店だったそうですが、出会って数カ月後にはプロポーズし、結婚と、まさに「スピード」婚となりました。旦那・安武宏倫との出会いで、スピードスケートに対する考え方が変わったという岡崎朋美。「心にスケート以外の場所ができた」と、旦那・安武宏倫との出会いを運命的に思えたからか、結婚への迷いもなく、「スピード」婚となったのでしょう。

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岡崎朋美があの太ももの筋肉で駆け抜けたスピードスケート現役時代!戦績は?

岡崎朋美のスピードスケートを支えた太もも!現役時代を駆け抜けた筋肉!

岡崎朋美は、スピードスケート選手として活躍した現役時代、過酷なトレーニングに取り組むことで知られていました。その1つに、20年間続けたという、山中湖近くにある石割神社の石段を駆け上がるトレーニングがあります。岡崎朋美は38歳当時も、16kgもの負荷をかけて、石段を駆け上るトレーニングを、若い頃と変わることなく続けていました。16kgの負荷とは、両足首、両手首、ボディに数kgずつのウェイトを付けることで合計16kgとなります。

低い姿勢でのスケートにこだわり、下半身の強化に力を注いだ結果、岡崎朋美のたくましい太ももが出来上がったのですが、なんと、岡崎朋美の太もも周りのサイズは59cmもあったそうです。岡崎朋美の強靭な太ももの筋肉が、最も美しく残っている写真があるのをご存じでしょうか?その写真を撮ったのは、有名写真家の篠山紀信。数々の美をフィルムに焼き付けてきた篠山紀信の目には、岡崎朋美の歴史を物語る太ももの筋肉が、何よりも美しく映ったに違いありません。

岡崎朋美の長きにわたる現役時代の戦績は?

岡崎朋美がスケートを始めたのは、小学校3年生のときでした。出身は、自然豊かな北海道のオホーツク海に面した斜里郡清里町で、ウィンタースポーツには無理なく親しめる環境に育ちました。「神の子池」という、摩周湖から湧き出る伏流水で出来る池も、知る人ぞ知るパワースポットとして有名です。

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そんな大自然の中で育った岡崎朋美は、釧路星園高校から、名門スケート部のある富士急行へ入社しました。それまで無名だった岡崎朋美でしたが、富士急行スケート部にいた、当時スピードスケート選手で一線を走っていた橋本聖子と共に練習していくうちに、才能が開花。1994年、22歳で、リレハンメルオリンピックに出場し、16位の成績を収めました。

1998年長野オリンピックでは、日本女子初の短距離500mで銅メダルを獲得し、「朋美スマイル」で時の人となった岡崎朋美。その後も3度の冬季オリンピックに出場し、2010年バンクーバーオリンピックでは、最年長最多出場を果たします。結果は、自己ワーストとなってしまいましたが、38歳という年齢を思えば、世界を相手に戦える体力と精神力はレジェンドと呼ぶに相応しいのではないでしょうか。

岡崎朋美のこれからはスポーツで地域活性化!政界への打診も過去にあり?

岡崎朋美は、2013年に引退を表明しました。それは、2014年ソチオリンピックへの出場をかけた選考会で6位と、力の及ばない結果から決断した引退でした。その後、岡崎朋美は、長年所属していた富士急行を2015年に退社。同年11月に、よしもとクリエイティブ・エージェンシーとマネジメント契約し、スポーツマネジメントの分野で活躍しています。よしもとといえば芸人というイメージですが、現在は、さまざまな分野から人材を集めており、岡崎朋美が配属されたのは、「ヨシスポ」こと吉本スポーツ。

スピードスケート界からの入社は、岡崎朋美が一人目ということなので、専門的な知識を生かした活動で、スポーツの普及に貢献していくことでしょう。現在、岡崎朋美は、日テレの朝の情報番組「スッキリ!!」に、水曜日のコメンテーターとしても出演しており、アスリートとしてだけではなく、主婦や母親としてのコメントも聞くことができます。また10月に開催する大阪マラソンは、7つの社会貢献テーマを設定し、「なないろチームリーダー」を設置していますが、そのチームリーダーの1人は岡崎朋美です。

芸能活動に対し、「メダルを獲ったときのように、一心不乱にやりたい」と意気込みを語っていた岡崎朋美ですが、実は、現役時代には、政界出馬への打診が2回ほどあったとか。富士急行時代の先輩でもある現参議院議員の橋本聖子が国政で活躍していることからも、知名度がある岡崎朋美が候補に挙がるのは、自然の流れだったのかもしれません。しかし、岡崎朋美は、「スケートがやりたい」ときっぱり断りました。

橋本聖子には憧れてはいるが、自分は議員というタイプではないと、ここでも「スピード」決断したのでしょうか。メディアに露出し、ますます知名度が上がれば、また政界出馬の打診が来るかもしれない岡崎朋美ですが、まずはスポーツを通しての社会貢献で頑張ってくれることでしょう。

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