KABA.ちゃんが完全女性化!性別適合手術を決意し準備中?!
KABA.ちゃんが完全女性化を目指して美容整形を繰り返している?
1996年、当時の大ヒットメーカー・小室哲哉プロデュースのダンスユニットdosで華々しくデビューを飾ったKABA.ちゃんでしたが、2002年に明石家さんま司会のバラエティ番組『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ系)で、「ゲイでした」とまさかのカミングアウト。実はKABA.ちゃんの本業は振付師で、dos結成以前から第一線で活躍しており、安室奈美恵や華原朋美、SMAPなどビッグネームの振り付けを担当してきました。
中でもSMAPの代表曲『世界にひとつだけの花』の振り付けを担当した際には、「女性トイレの鏡の前で考えた」と、KABA.ちゃんならでは、のエピソードも。そんなKABA.ちゃんが「最近すごく綺麗になった!」「いい女モード全開!」とネット上でも話題になっています。2年前、睾丸摘出手術を受けたKABA.ちゃんは、現在ホルモン治療中であることをテレビで告白。また、自らのブログ上で「目や鼻、顎など、歯以外のパーツは全て整形しています」と公表し、「一人の女性として美しくありたい」と、女性として生きる並々ならぬ決意を表明しました。
KABA.ちゃんが戸籍変更も視野に、性別適合手術を決意して準備中って本当?
KABA.ちゃんは「もともと男性に生まれてきたことにずっと違和感を抱いていた」と言います。そして、「すでにカウンセリングを受けて、今は予約待ちの状態です」と、近い将来、海外で性別適合手術を受けることをマスコミに公表。また、身体を変えるだけでなく、戸籍変更も強く希望しており「最終的には女性として生涯を終えたい。素敵な人ができたら結婚もしたい」と、女性としての人生に大きな期待を膨らませています。
KABA.ちゃんが準備中だという性別適合手術とは、性同一障害を抱える人々に対して外科手術を行い、内外性器などの形態を変更する治療のことをいいます。女性は、体内に子宮や卵巣があるため、手術の工程からすると「男性→女性」になるよりも「女性→男性」になるほうが複雑なようです。
KABA.ちゃんの生い立ちが苛酷すぎた!母、姉の現在は?
KABA.ちゃんの生い立ちが余りにも苛酷過ぎる!姉は養女に出された?
KABA.ちゃんは、人懐っこさと独特のオネエキャラで人気ですが、見た目の明るさとは裏腹に、その生い立ちは苛酷なものでした。1969年6月19日、福岡県福岡市に生まれたKABA.ちゃんには、両親と姉・兄・弟がいます。しかし、生まれた時から一度も家族一緒に暮らしたことがありません。結婚当初から両親のいさかいが絶えなかったという理由で、姉は生まれてすぐに養女に出され、KABA.ちゃんは、物心つくまで実姉のことを従姉と思っていたそうです。
その上、母親は別の男と家出をし、KABA.ちゃん兄弟は、母親のいない家庭に育ちました。それが思春期の少年にとってどんなに壮絶な環境だったのか。父親と喧嘩の絶えなかったKABA.ちゃんは、精神的に追い込まれて高校を中退し、希望していた大学進学を断念せねばなりませんでした。
唯一の救いだったダンスに人生を賭けたKABA.ちゃんは「せめて、ニューヨークにダンス留学をするお金を援助して欲しい」と両親に頭を下げますが、「自分のことは自分でやれ」と却下されてしまいます。
KABA.ちゃんの母親は老後を心配して戻ってきた?養女だった姉の現在は?
KABA.ちゃんの「ダンスで身を立てたい」という決意は、両親から資金援助を断られてからも決して揺るがず、必死で働き、お金を工面して、ニューヨークへのダンス留学を果たしました。そして、ハリウッドスターも通う一流ダンス教室で振り付けを学んで帰国したKABA.ちゃん。
その後の活躍は、見ての通りですが、KABA.ちゃんの成功を知った母親は「自分の老後が心配だから」と、何食わぬ顔で自宅に戻ってきました。「母親だからしょうがない」とお金を渡していましたが、スッカラカンになるまで使った上に借金までする始末。それでもKABA.ちゃんは「父親の面倒を見る」のを条件に、母親の生活の面倒を見ることを決意しました。
一方、養女に出されたお姉さんは、いろいろと苦労されたようで、現在は離婚して、シングルマザーになっているようです。お兄さんは行方知れずだそうですし、全くもってため息の出ることばかりですが、唯一の救いは、KABA.ちゃんの弟が、博多でクラブを経営する実業家として成功していること。この弟がKABA.ちゃんの負担を少しでも軽くしてくれることを祈るのみですね。
KABA.ちゃんの揺るぎない決断「女性として死にたい!」
KABA.ちゃんは、今でこそ、市民権を得た「オネエキャラ」ですが、ダンスユニットdosでデビューした頃は「ゲイであることを決して公表してはならない」と、事務所から箝口令を敷かれていました。話をすると口調で分かるという理由から、dosとして呼ばれた『笑っていいとも』(フジテレビ系)のテレフォンションキングのコーナーは病気欠席。インタビューの仕事はご法度。当時のKABA.ちゃんの苦しみはいかなるものだったのか……カミングアウトした後の弾けようを見れば、自らを殺してきた日々の辛さがひしひしと伝わってきます。
その上、KABA.ちゃんにはトラウマになるほど苦しめられた両親の存在もあります。離婚すれば夫婦は他人になれますが、どんなに憎しみ合っても、親子の絆は切ることができません。あまにも壮絶な人生を送ってきたKABA.ちゃんですが、自らの力で苦境を乗り越え「女性として生きる」新しい人生の選択をしました。
「神様は乗り越えられる試練しか与えない」、一言でくくってしまうには重すぎる試練ではありますが、人生は悪いことばかりではないはず。苦しみが深ければ深いほど、その苦しみを吹き飛ばすほどの輝かしい未来がKABA.ちゃんを待っていることでしょう。「最期は女性として死にたい」と考え、新しく生まれ変わるKABA.ちゃんの輝かしい未来、幸多き人生を切に願って止みません!