早田卓次はオリンピック体操金メダリストで日本大学名誉教授!現在の活動は!?
◆出身:和歌山県
◆1964年東京オリンピック体操男子つり輪・団体金メダリスト
◆日本オリンピック委員会理事
早田卓次はオリンピック体操金メダリストで日本大学名誉教授
早田卓次(はやたたくじ)といえば、1964年に開催された東京オリンピック体操の男子つり輪及び、男子団体の金メダリストとして知られています。スポーツ選手として活躍する一方、1989年からは日本大学文理学部体育学科の教授も務めていました。
日本大学といえば、「スポーツ日大」といわれるほど全国的にもスポーツが強い大学として知られています。早田卓次も、地元和歌山の高校から日本大学文理学部へスポーツ推薦で入学しています。
早田卓次の現在の活動は?
スポーツに人生をかけて活躍した早田卓次。現在は日本大学の名誉教授及び、文理学部校友会会長という肩書を持ち、東京オリンピックの金メダルをはじめとする貴重な品物を持参しての講演会を開催するなどしています。
オリンピック選手として活躍してきた早田卓次の生きた経験を聴ける講演会は、次世代のスポーツ界を担う若者達にとって貴重な場となっているのではないでしょうか。
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早田卓次は日本オリンピック委員会理事、日本オリンピアンズ協会の理事長を務めていた!?
早田卓次の体操選手としての活躍は?
東京オリンピックに日本代表として出場した早田卓次でしたが、競技の舞台での知名度は低かったといいます。さらに最年少での出場ということで毎日不安に駆られ、それを打ち消すために猛練習をしていたそうです。
現在のスポーツ選手育成は、コーチやトレーナーが常に近くで食事や体調、そしてメンタル面まで総合的にサポートするのが当たり前のようになっていますが、東京オリンピック開催当時はまだそのような環境が整っていませんでした。そのため、早田卓次はすべて自分で考え、行動に移す形で競技に臨んでいたのだそう。この時に養われた計画力と行動力が、早田卓次をオリンピック金メダるへと導いたのではないでしょうか。
早田卓次はオリンピック出場以外にも、大学4年の頃に「全日本学生選手権」優勝などの実績があります。また、大学卒業後は教員として働きながらスポーツ選手としても競技を続けました。
早田卓次は日本オリンピック委員会理事及び日本オリンピアンズ協会の理事長
早田卓次の活躍は、オリンピック出場だけに留まりません。現役を引退した31歳からは、日本におけるオリンピック・ムーブメントを推進する組織としてオリンピック競技大会やアジア大会等の国際総合競技大会への選手派遣事業を行う「日本オリンピック委員会」の理事を務めています。
体操競技に携わった54年間を通して「努力は決して裏切らない」ということを学び、その大切さを伝えながらオリンピック選手をサポートする早田卓次。アテネ五輪では現地まで出向き、選手のそばについていたそうです。
また、早田卓次にはもう一つ、日本のオリンピック選手(オリンピアン)を中心とする組織「日本オリンピアンズ協会」の理事長という需要な役割も担っています。日本オリンピアンズ協会は、各種講演会やイベントへのオリンピアン派遣業務をはじめ、早田卓次と同様にオリンピックで活躍したメダリスト達が参加するチャリティーイベント等も開催します。
現役選手として活躍していた若い頃から現在に至るまで、早田卓次はずっとスポーツと関わり合いを持ち、素晴らしいスポーツ選手の輩出に力を注いでいます。
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早田卓次が旭日小綬章を受章!
早田卓次は2019年5月、日本の勲章の一つである春の叙勲旭日小綬章を受章しました。旭日小綬章は8階級ある日本の勲章で5番目にあたり、様々な分野で国に対しての十分な功績が認められた人物に授与されます。
長くスポーツ界の発展に尽くしてきたことが認めれた早田卓次は「お世話になった皆様のおかげで受章することができた」と、自分を指導してくれた先生や、ともに技の向上に励んだ仲間の支えと応援があってこその結果だと感謝の気持ちを述べています。
2020年で満80歳になる早田卓次の誕生日は、かつて「体育の日」とされていた10月10日です。まさにスポーツの申し子としてこの世に生まれたのではないかと思うような彼が、これからも長く健康で日本のスポーツの歴史を語り継いでくれることを願います。
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