神保悟志がラムネと呼ばれるワケ!妻・鮎ゆうきとは昼ドラ結婚!?

神保悟志がラムネと呼ばれるワケ!妻・鮎ゆうきとは昼ドラ結婚!?

神保悟志がラムネと呼ばれるワケ!謎の瓶とは?

神保悟志(じんぼさとし)は、1963年生まれ、静岡県出身の俳優です。脇役を中心に、強面を活かして、闇社会に生きる人物や、刑事、クールなサラリーマンなど、さまざまな役柄を演じています。近年では、神保悟志がキャスティングされているドラマや映画を目にする機会もかなり多くなりました。

そんな中、最近、神保悟志が大抜擢されたのが、今や国民的ドラマとなった「相棒」に登場する「大河内監察官」というクールな監察官の役。役柄としては、真面目でクールな監察官なのですが、なぜかいつも薬の瓶を持ち歩いていて、おもむろにその中の錠剤をボリボリと食べるという、謎の行動の持ち主。それがいつしか話題になり、その錠剤がラムネだったことを知った視聴者が拡散したことで、神保悟志には「ラムネ」というあだ名がつけられるようになりました。役名以外の愛称がつくとは、神保悟志が演じる大河内監察官が「相棒」ファンたちから、いかに愛されているかが分かりますね。

神保悟志の妻・鮎ゆうきとは昼ドラ結婚!?愛妻家・神保悟志の素顔とは?

神保悟志は、1990年頃から、「相棒」で、大河内監察官という、印象的で独特のキャラクターを演じるようになるまでにも、さまざまなドラマや映画に出演してきました。実は、神保悟志の妻となった鮎ゆうきとの出会いも、昼ドラ愛の劇場「温泉へ行こう」で共演したことがきっかけです。

昼ドラの撮影は、1つのセットで、何本もの台本分を、たった数日で撮ってしまうというハードなスケジュールが組まれるのだそうですが、昼ドラの超スピーディなスケジュールに戸惑う神保悟志に、共演者だった鮎ゆうきが、「この現場は仕切りがいいから楽ですね」と囁いたのだとか。その言葉に衝撃を受けた神保悟志は、すっかり鮎ゆうきに魅了され、後に結婚に至ることに。現在も、バラエティ番組に登場した際には、臆面もなく「妻が大好き」と発言するなど、神保悟志の愛妻家ぶりは有名です。

神保悟志出演「薔薇と牡丹」は超問題作!実は歯科技工士の有資格者だった!

神保悟志出演「薔薇と牡丹」は超問題作!ドロドロの愛憎劇の中で……

神保悟志が出演したドラマ「薔薇と牡丹」。2004年にフジテレビ系列で放送された昼ドラで、昼のゴールデンタイムに、ドロドロの愛憎劇を繰り広げた問題作として、今でも語られるほど、コアなファンの多い連続ドラマでした。あまりの反響の大きさに、2015年には、「新牡丹と薔薇」がリバイバル放送されるなど、ドラマの人気ぶりは健在です。

そんな「薔薇と牡丹」に出演した神保悟志は、ドロドロの愛憎劇のキーパーソンともいえる役回りで、お茶の間に強烈な印象を残しました。こうして、たびたび昼ドラに登場するようになった神保悟志。いつしか「昼ドラの帝王」と呼ばれるほどになり、現在までのキャリアを積み上げてきました。

神保悟志実は歯科技工士の有資格者だった!半ば親を騙してまでも?

神保悟志は、高校生の頃に役者になることを決意したものの、親に期待され進学校に進んでいたため、その思いを公にできずにいました。しかし、歯科技工士になるためと親を説得し、専門学校へ通うという名目で上京を果たします。上京してからは、役者になるべく下積みを重ねつつ、歯科技工士の資格もしっかり取得した神保悟志。

親への面目は保ちつつも、俳優養成学校に通うなど、夢への努力を惜しみませんでした。せっかく歯科技工士の有資格者となった神保悟志ですが、有名俳優となった今、その資格を有効に活用する場面は、将来的にもうないかもしれませんね。

神保悟志は藤原竜也主演「そして、誰もいなくなった」出演中!駆け出し時代の支えは高倉健のホメ言葉?

神保悟志は、藤原竜也主演で、日本テレビ系列で放送中のドラマ「そして、誰もいなくなった」に出演しています。藤原竜也が演じる主人公の藤堂新一が、自身の経歴を乗っ取られ、犯罪者に仕立て上げられるというストーリー。謎が謎を呼ぶ人間関係と、登場人物たちの行動に、目が離せなくなると話題を呼んでいます。神保悟志は、藤堂新一を執拗に追い詰める刑事役として起用されました。ドラマの放送とともに、それぞれのキャラクターの心の闇がさらされるストーリー展開には今後も注目です。

今や、押しも押されぬ大俳優の仲間入りを果たした神保悟志。実は、駆け出し時代に、思いもよらない人から贈られた言葉が、その後の神保悟志の心の支えとなっているのだとか。神保悟志は、まだ駆け出しの俳優だった頃、アメリカ映画の「ミスターベースボール」で、中日ドラゴンズ監督役として出演していた高倉健と共演する機会がありました。共演といっても、神保悟志は本当に脇役。チームの選手の1人としての役柄で、とても高倉健と話ができるような立場ではありません。

しかし、撮影の打ち上げ時に、初めて高倉健のほうから話しかけられ、その言葉が、「君、いいから頑張んなよ」だったのだそうです。その後、神保悟志は、「父の鎮魂歌」で主役デビュー。念願の主役の座を獲得することができました。こうして俳優として大きな一歩を踏み出した神保悟志に、なんと高倉健から手紙が!その手紙には、「いいお仕事なさっていますね」と書いてあったといいます。「日本を代表する大俳優にお褒めの言葉をいただいた!」、そのことが、その後の俳優「神保悟志」に自信と力を与えたことはまず間違いないでしょう。

神保悟志は、俳優を目指したことに根拠など何もなく、ただただ「役者になる」という信念だけがあったのだといいます。養成学校に通い、30歳までになんとかなるだろうと続けたことが繋がって今に至り、こうして俳優活動を続けてきました。街角でスカウトされてモデルやタレントから俳優になっていく人もいれば、神保悟志のように、初めから役者を目指して下積みを積む人もいます。舞台は同じでも、そこにたどり着くまでに、それぞれの俳優にドラマがあることも興味深い世界です。

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