北方悠誠がドジャースに入団!過去の球団実績とは!?

北方悠誠のプロ野球での経歴とは!?160キロを超える剛速球を投げる彼の実力とは!?


北方悠誠のプロフィール
◆生年月日:1994年1月25日
◆出身:佐賀県
◆身長・体重:183cm・90kg
◆出身校:佐賀県立唐津商業高等学校
◆ポジション:投手
◆所属チーム:ロサンゼルス・ドジャース(マイナー)

北方悠誠は横浜DeNAベイスターズ最初の新人選手だった!

北方悠誠(きたがたゆうじょう)は佐賀県唐津市出身の野球選手で、力強い速球が魅力の右腕投手として知られています。佐賀県立唐津商業高等学校時代は1年生の夏からベンチ入りし、2年生の春にはエースとしてチームを牽引。3年生になった2011年夏の佐賀県大会では通算57イニングを投げて優勝を成し遂げ、同年夏のセンバツに出場します。

高校最後の夏に出場を果たした甲子園では通算2試合、18イニングを投げて23奪三振、2回戦では自己最速153キロのストレートを記録するなど、超高校級の逸材にプロ野球スカウトの注目が集まりました。

甲子園での活躍により、北方悠誠は2011年のドラフト会議で横浜ベイスターズから1位指名を受け、プロ野球界へ。同年の12月2日に経営権が移ったことにより、横浜ベイスターズは横浜DeNAベイスターズとなったため、北方悠誠は横浜DeNAベイスターズ最初の新人選手のひとりとして、プロ野球選手生活のスタートを切ることになりました。

北方悠誠は未完の逸材!?160キロの剛速球も制球難に苦しむ

北方悠誠はスリークォーターのフォームから投じるストレートを軸に、スライダー、カーブ、カットボールやフォークと変化球も多彩な投手です。ストレートは160キロ前後をコンスタントに記録する剛速球ですが、入団当初から制球難に苦しみます。

当時を振り返った2019年5月のインタビューで、北方悠誠は「コントロールのことばかり言われるようになると、高校の時みたいにがむしゃらに投げることができなくなっていた」と語っており、以前は簡単に真ん中へ投げることができていたのがそれさえもできなくなり、苦しむ日々が続きます。

2012年、2013年はイースタンリーグのみでの登板、2014年も一軍公式戦の登板は一度もなく、10月にはついにベイスターズから戦力外通告を受けた北方悠誠。制球難を克服するべく、投球フォームを試行錯誤するなど様々な努力を続けたものの、芳しい結果が出ることなく、無念の退団となってしまいました。

この戦力外通告から、未完の逸材とも言える北方悠誠の厳しい野球人生が始まります。

有原航平が一般女性と結婚!来季米挑戦!?気になる年棒も紹介!

北方悠誠が野球を始めたきっかけは?プロフィールまとめ

北方悠誠の野球人生は山あり谷あり!イップスに悩んだ過去も

1994年1月25日生まれの北方悠誠は、友人の誘いがきっかけで小学2年の時に軟式野球を始めました。始めた頃はショートを守っていましたが、中学生になってからはショートと投手を兼任するようになります。

そして高校3年の夏に出場した甲子園でたちまち注目選手となり、プロの道へ。素晴らしい経歴で順当に進んできたかのように思われた北方悠誠ですが、待っていたのはプロの大きな壁でした。

横浜DeNAベイスターズ時代には制球難を克服するべく、投球フォームの変更を模索しましたが、投球動作中に腕が止まるイップスのような症状に悩まされます。しかし、ベイスターズ退団後も諦めることなくNPB12球団合同トライアウトに参加した北方悠誠は、2014年11月から福岡ソフトバンクホークスの育成選手となり夢を繋げました。

福岡ソフトバンクホークス時代には、入来祐作三軍コーチや先輩である千賀滉大投手のアドバイスや支えもあり、腐ることなく努力を続けられたのだとか。しかし、気持ちは折れていなかったものの結果は出ず、2015年10月に2度目の戦力外通告。その後のトライアウトでも、12球団から声が掛かることはありませんでした。

アドゥワ誠は広島東洋カープの選手!クイックが独特な彼の投球が話題に!みんなに愛される理由とは!?

北方悠誠がプロ野球独立リーグで奮闘!投手に懸ける思い

プロとして野球人生を続ける夢が絶たれたかに思われた北方悠誠ですが、ここでも諦めることなく、プロ野球独立リーグに活躍の場を求めます。

2015年11月30日、BCリーグ(ベースボール・チャレンジ・リーグ)・群馬ダイヤモンドペガサスに入団した北方悠誠は、リーグ戦6試合に登板。前期終了後に自由契約となり、入団テストを受けて2016年7月25日から四国アイランドリーグplus・愛媛マンダリンパイレーツでプレーすることに。しかし、野手への転向を勧められたこともあって、2017年に退団。2018年1月21日にBCリーグ・信濃グランセローズに入団するも、無給の練習生契約を提示されたことでシーズン終了後に退団を決めます。

投げたくない時期もあったものの、やはり投手として挑戦したいという気持ちを持ち続けた北方悠誠は、2018年10月にBCリーグ・栃木ゴールデンブレーブスに入団。一時はイップスというレッテルを貼られたものの、投球フォームのバランスを良くすることを重視し、少しずつ努力してきた結果がようやく形を取り始めます。

監督、コーチ、スタッフ、チームメイトからの信頼が、北方悠誠に自信をつけたのか制球力も上向き、速球も高いレベルを維持する投手に成長しました。

東克樹がイケメンでカッコいいと話題!DeNAでの成績がすごい!期待のルーキーを要チェック

北方悠誠がドジャース傘下入団!独立リーグ4年目で掴んだ大舞台挑戦への切符

北方悠誠は2019年5月30日に小山市内の球団事務所で入団会見を開き、MLBロサンゼルス・ドジャースとのマイナー契約に同意したことを発表しました。NPBでは2度の戦力外通告という辛酸を舐め、独立リーグ4年目という苦労人がビッグチャンスを掴み取ったこのニュースは、注目を集めました。

2018年10月にBCリーグ・栃木ゴールデンブレーブスへ移籍した北方悠誠は球団のバックアップもあり、オフ返上でトレーニングに励むなど良いコンディションで開幕を迎えます。チームの信頼も高い投手として登板機会が増えていましたが、この成長ぶりがMLBロサンゼルス・ドジャースのスカウト陣の目に留まったのです。

2019年4月21日、対福島レッドホープス戦の視察に訪れていたMLBロサンゼルス・ドジャースのスカウト計測で、自己最速の161キロをマークした北方悠誠。同年5月4日の対群馬ダイヤモンドペガサス戦には、MLBロサンゼルス・ドジャース国際スカウト部門責任者が改めて視察し、試合後に本人と交渉したといいます。

その後、5月8日にはマイナー契約に合意。MLBという大舞台に向かって挑戦することとなった北方悠誠は、入団会見で「先発、中継ぎとかこだわりはない。与えられたところで、しっかり自分のパフォーマンスが出せるようにしたい」と意気込みを語っています。

7月6日にMLBロサンゼルス・ドジャース傘下ルーキーリーグ級アリゾナリーグ・ドジャースと正式契約を交わし、2019年シーズンは13試合に登板。15イニングを投げて21奪三振とインパクトのある成績を残した北方悠誠。シーズン終了後は自ら希望してウインターリーグに参加し、オーストラリア・リーグの新興球団であるニュージーランドのオークランド・トゥアタラでさらなる経験を積んでいます。

渡米後はストレートをより活かせるようスライダーを織り交ぜた投球へシフトし、納得できる結果も残せるようになってきたというので、2年目となるシーズンは昨シーズン以上の活躍が期待できるかもしれません。

菅野智之が東京五輪出場に意欲!今までの獲得タイトルは?伯父が有名野球選手って本当?
高田萌生投手の巨人二軍成績がスゴい!松坂二世が覚醒で年俸アップをつかめるか?
里綾実投手の球速や球種がスゴかった!大切にしている言葉とは?

関連記事

ページ上部へ戻る