坂本勇人は巨人軍のプリンス!その陰にあった母親との絆が泣ける!

坂本勇人は巨人軍のプリンス!守備の評価や通算成績は?

坂本勇人はダイナミックなプレーが人気の巨人軍のプリンス!「打てるショート」として人気!

坂本勇人(さかもとはやと)は、巨人軍でキャプテンを務めるプロ野球選手です。遊撃手のレギュラーを張り、野球センスと爽やかな笑顔が印象的で、ファンから絶大な人気を博しています。

遊撃手といえば守備が優先されがちです。バッティングは非力な場合も多いですが、彼の場合は違います。勝負強さとパンチ力も兼ね備え、「打てるショート」としてダイナミックなプレーを披露し、その華麗なイメージからついた呼び名が「巨人軍のプリンス」。

坂本勇人は、1988年12月14日生まれの28歳。兵庫県伊丹市出身で、身長186cm、体重83kg、右投げ右打ちです。小学1年の頃から少年野球でピッチャー兼ショートとしてプレーしていましたが、メジャーリーガーとして活躍する田中将大とは小・中学校通じての同級生で、バッテリーを組んだ仲でもあります。

青森県の光星学院高校(現・八戸学院光星)では、1年秋からショートのレギュラーを張り、2年春から4番打者を務めていた坂本勇人。3年春には選抜高等学校野球大会に出場して1回戦で3安打したものの、無念の涙を呑みました。2006年9月25日に開催された高校生ドラフトで、巨人の1位指名を受けてプロ入り。1年目は主に2軍でプレーしますが、2年目には開幕から全試合先発出場を果たしています。

その後は、ショートのレギュラーの座を確保し、2009年には打率3割をクリアしてみせ、2010年は31本塁打をマークするなど、打棒にも進境の著しさを発揮しました。2012年にはリーグ最多安打、2016年は首位打者と最高出塁率タイトルに加え、ゴールデングラブ賞を獲得するなど、攻守ともに冴え渡っています。

坂本勇人のリーグ最多エラーはアグレッシブな守備が災いした?インコース打ちの評価は球界屈指!

坂本勇人のプロ通算成績は、10年間で1276試合に出場し、5499打数1402安打150本塁打578打点124盗塁、打率2割8分6厘を記録。パンチ力には定評があり、インコース打ちの技術は球界屈指と評価されています。昨シーズンはフォーム改造が功を奏して、開幕から好調をキープ。打率3割4分4厘を打ち、首位打者タイトルを獲得しますが、これは遊撃手としてリーグ史上初の快挙です。同時に、出塁率4割3分3厘で、最高出塁率タイトルも獲得しています。

この活躍で、坂本勇人は、1億円アップの推定年俸3億5000万円で契約し、チーム内最高年俸に上り詰めました。坂本勇人の遊撃手としての能力は、守備範囲が広く、三遊間の打球に強いという特徴があり、一塁への送球に秀でています。その反面、アグレッシブな守備が災いしてか、4年連続でリーグ最多エラーを記録したこともありました。

そのため、チームメイトからも、堅実な守備を心掛けるようアドバイスを受けたとか。しかし、「(エラーを恐れて)そんな消極的なことはしたくなかった」と、これまで通り守備範囲に重きを置く姿勢を貫き通しています。実際、打球がどのゾーンに飛んできてもより高い確率で処理できており、安定した守備力を発揮している坂本勇人。2016年にゴールデングラブ賞を受賞したのも当然のことでしょう。

坂本勇人と母親の感動秘話!田中理恵との熱愛の結末は?

坂本勇人の母親は癌で他界していた!闘病中の母親の目前でホームランという感動的な秘話があった!

坂本勇人には、母親との感動的な秘話があります。ルーキーイヤーの2007年、坂本勇人は、母親を癌で亡くしていました。ドラフト会議で指名を受けた頃、医師からは、「癌が末期状態で、余命は数カ月」と非情な宣告を受けていたそうです。最愛の母親が余命いくばくもないと聞いた坂本勇人は、衝撃を受けるとともに、悩み苦しんだことでしょう。かつてこんなことがありました。同級の田中将大と飛距離を競い、左打席で打っていた坂本勇人。しかし、なかなか敵いませんでした。

そんなとき、母親が言ったのが、「左がアカンなら右で打ってみたらええやん。落ち込んでもどうにもならんでしょ」。当時を振り返って、坂本勇人は、「野球を何一つわかってないのに、口をはさんできた。でも、母の言葉がなかったら今の自分はなかったかもしれない」と語っています。

その後はずっと右一筋。プロ入り1年目で、2軍のレギュラーとして活躍していた最中に闘病中の母親を招待した試合では、見事にホームランを打ちました。これには母親も大喜びだったとか。試合後のインタビューでは、「おかんの体調が思わしくないので、目の前でホームランを打てたのは何よりだった」とコメントしています。

その約1カ月後に母親は他界。振り返ってみると、母親が観戦する前でしっかりと結果を残したのは、これ以上ない親孝行でした。彼は、最愛の母親を失うという痛手を乗り越えて、巨人軍の中心選手として成長しています。

坂本勇人と田中理恵との熱愛が破局!理由は2人の食い違い?

坂本勇人は、元新体操選手の田中理恵との熱愛話が有名です。一時は結婚が有力視されたほどの熱愛関係でしたが破局。彼女は、2017年の元旦に、一般男性と婚姻届を提出し話題となりました。熱愛が発覚した時期は、2014年3月14日のホワイトデーでした。交際が始まったのは、その前年の12月頃だと伝えられています。田中理恵が現役引退を発表したのが2013年12月16日のことですから、交際スタート時期と一致します。

坂本勇人が、田中理恵を彼女として父親に紹介し、結婚への準備も順調に進んでいるとの噂でした。シーズンオフには挙式という気の早い報道すらあったほどです。しかし、2014年10月には破局。破局とほぼ同時期に、「大事なことを守れない人は嫌い」という田中理恵のツイートが確認されていることから、一部には、「坂本勇人の女性関係が原因」という噂も。

しかし、そういった性質のものではなく、交際を重ねるにつれて、さまざまな行き違いが積み重なり、修復不可能な状態になってしまったというのが実際のところのようです。

坂本勇人のWBCへの思い!第2の故郷への感謝を胸に全力プレー誓う!

WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)日本代表は、2017年大会で準決勝敗退し、世界一奪還の夢は潰えました。同時に、侍ジャパンに名を連ねた坂本勇人の長い戦いの日々も終わりを告げています。高校時代を過ごし、第2の故郷ともいえる東北地方を襲った東日本大震災から6年。感謝の念で全力プレーを誓った坂本勇人でしたが、その思いはWBCの舞台で報われることはありませんでした。

東北地方は、今もなお震災復興への途上にあります。それだけに、世界一奪還という結果で恩返しをという思いが人一倍強かった坂本勇人。震災から6年経った3月11日、東京ドームでの全体練習前に犠牲者への黙とうをささげた侍ジャパン一同の中には、もちろん坂本勇人の姿もありました。

「グラウンドで野球ができることに感謝しないといけない」という思いはひとしおで、前回2013年のWBCにも日本代表として参加し、打率こそ2割4分でしたが、オランダ戦で満塁ホームランを放つなど1本塁打6打点と活躍。しかし、プエルトリコとの準決勝では1安打に終わり、無念の涙を呑みました。

だからこそ、「次の大会でも絶対に代表メンバーに選ばれたい」と、今大会への思いも相当なものだったことは想像に難くありません。「目の前の試合に全力でプレーするだけです」という坂本勇人には、周囲からも打棒爆発が期待されていました。代表合流前は決して本調子ではなかったバッティングについても、「ボールが良く見えるようになってきている」と手応えを口にしていた坂本勇人。

しかし、4割1分7厘と打率は好調だったものの、わずか1打点の結果でした。世界一への再挑戦はこうして終わりましたが、これからシーズン開幕を迎えようとするところです。巨人軍ペナント奪回のキーマンとして、坂本勇人の戦いはまだ続きます。

関連記事

ページ上部へ戻る