田沢純一のメジャーでの成績!田沢ルールへの本音は?ドラフト結果に衝撃

田沢純一のメジャー挑戦は成功?失敗?「田沢ルール」とは?上原浩治と共に絶賛されたワケ!


田沢純一のプロフィール
◆生年月日:1986年6月6日
◆出身:神奈川県
◆身長・体重:180cm・90kg
◆出身校:横浜商科大学高等学校
◆ポジション:投手
◆所属チーム:埼玉武蔵ヒートベアーズ

田沢純一によって設けられた「田沢ルール」とは?メジャー挑戦は成功?失敗?

田沢純一(たざわじゅんいち、田澤純一)は、メジャーリーグで投手として活躍後、2020年に帰国した野球選手です。日本プロ野球でのプレー経験がないまま、メジャーリーグに挑戦した経緯も広く知られています。

2008年に日本プロ野球のドラフト上位指名が確実視されながら、プロ野球入りを拒否し、メジャーリーグに挑戦を表明したことは、日本プロ野球のドラフト制度に一石を投じる騒動に発展しました。



これが通称「田沢問題」です。結果、「日本プロ野球のドラフト指名を蹴って海外のプロ球団と契約した選手は、当該球団を退団した後も一定期間は日本プロ野球配下の球団と契約できない(期間は大卒・社会人は2年間、高卒選手は3年間)」とする「田沢ルール」が設けられることになったのです。

ここまでしてメジャーリーグ入りした田沢純一の挑戦は、成功だったのか、それとも失敗だったのでしょうか。それは、見る人によって評価が分かれます。

当初のアメリカでのキャリアは厳しいもので、右ひじの靭帯損傷が見つかり、トミー・ジョン手術を受けるなど、田沢純一には、戦力として定着できないまま現役を終えていた可能性もありました。

しかし、2012年頃からリリーフに定着。翌2013年には、チームのワールドシリーズ制覇にも貢献した田沢純一の評価はうなぎ上り。「ルールで縛りをかけられても、メジャー挑戦でのし上がったのだから大したもの」と絶賛する声もあれば、「メジャーで活躍したから成功ではあるが、日本プロ野球を経由していればダルビッシュ有や田中将大レベルになれた可能性もあるから、失敗ともいえる」と、評価相半ばとする声もあります。

田沢純一は上原浩治と共に勝利の方程式として絶賛された!リリーフとして2013年ワールドシリーズ優勝に貢献!

田沢純一のキャリアハイは、2013年シーズンです。レッドソックス4年目でしたが、勝負どころのセットアップ役として活躍した田沢純一は、クローザーの上原浩治への橋渡し役としてフル回転しました。試行錯誤を経て田沢純一から上原浩治へという勝利の方程式が築き上げられ、ワールドシリーズ優勝に大きく貢献しています。

田沢純一は、ピッチングコーチから「終盤に欠くことができない投手に成長した。今シーズンの貢献度は計り知れない」と、絶賛されるほどの活躍ぶりでした。

このシーズンは自己最多の71試合に登板し、1度も戦線離脱することなく投げ抜いています。ポストシーズンにも13試合の登板で1勝、防御率1.23と安定ぶりを示し、初めてワールドシリーズ制覇を体験。右ひじの手術からたくましく這い上がり、世界一のリリーフとなりました。「MVPを選ぶなら、真っ先に2人の名前を挙げる」と、田沢純一が上原浩治と共に絶賛されたワケは、その大車輪のリリーフにあったのです。

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田沢純一の成績推移や年俸は?出身中学と高校、プロフィール!

田沢純一のレッドソックス時代!リリーフで好成績推移!2年連続年俸調停寸前に!

田沢純一は2008年12月にボストン・レッドソックスと、3年間総額400万ドル(約3億8000万円)でメジャー契約に合意。翌2009年は、6試合登板2勝3敗で防御率7.46と、パッとしない成績でした。

2010年は、開幕メジャー入りを目指すも、右ひじの靭帯損傷が判明。手術を受けた影響で登板機会はなく、1シーズンをリハビリに費やすことになります。2011年シーズン終盤にメジャー昇格した田沢純一は、勝ち星こそなかったものの、約150kmのスピードを記録するなど、少しずつ復活へと歩み出しました。

2012年は、レッドソックスと、1年契約年俸92万ドル(約9200万円)で契約更新。単年契約に切り替わり、後がないシーズンでしたが、一気に出番が増えて、37試合にリリーフ登板。1勝1敗1セーブ(5ホールド)で、防御率は1.43の好成績。奪三振数も44投球回を上回る45個を記録するなど、リリーフ定着へ足がかりを作るシーズンとなりました。

そして、2013年は、71試合に登板して5勝4敗(25ホールド)、防御率3.16の成績。年棒は、81万5000ドル(約8400万円)だったといわれています。この活躍により、翌2014年は、127万5000ドル(約1億3000万円)の年俸になり、71試合で4勝3敗(16ホールド)、防御率2.86という前年同様の大車輪ぶりを見せた田沢純一。2015年は、年俸調停寸前までもつれましたが、結局225万ドル(約2億6000万円)で合意。シーズン中は61試合に登板し、2勝7敗3セーブ(16ホールド)、防御率4.14で、疲労蓄積もあってかキレのないものでした。

2016年も2年続けて年俸調停寸前となりましたが、最終的には、337万5000ドル(約3億9400万円)の1年契約で合意。しかし、53試合に登板したものの、3勝2敗(16ホールド)、防御率4.23と、キレのなさがさらに顕著となっています。そして11月に契約終了となりました。

田沢純一の成績!マイアミ・マーリンズから帰国までのチームは?

2016年12月からの新天地マイアミ・マーリンズとの契約では、2年総額1200万ドル(約14億1000万円)で、2017年は500万ドル(約5億9千万円)の年棒を手にしたといわれています。マイケル・ヒル強化担当責任者は、「事前にイチローと話したところ、彼も認める投手で、安心して獲得に動いた」と話していたそう。

しかし、2018年は22試合に登板し1勝1敗2ホールド、防御率9.00と不調に陥り、5月17日に戦力外通告、21日に契約解除となりました。翌月6月4日、デトロイト・タイガースとマイナー契約で合意。3Aのトレド・マッドヘンズで調整後に昇格する見通しと報道されたものの、結果を残せず、7月9日に契約解除に至ります。5日後の7月14日、ロサンゼルス・エンゼルスとマイナー契約で合意し、9月1日にメジャー契約を結び昇格しました。合計9試合に登板し、被安打7、3失点(自責2)、防御率2.25と調子を上げてシーズンを無事に終えることができました。

2019年1月26日にシカゴ・カブスとマイナー契約を結び、オープン戦で6試合に登板し5回2/3、2被安打無失点9奪三振、防御率0.00と結果を残していましたが、3月23日に契約解除という結果に終わっています。しかしその3日後の3月26日に再びマイナー契約を結び、5月12日からカブス傘下3A級であるアイオワ・カブスに所属。19試合で防御率4.00と振るわず、7月11日に解雇となりました。

2019年8月11日、シンシナティ・レッズとマイナー契約を締結。シーズン終盤には3Aで2試合に登板し得点を許さず、3回、0勝0敗、防御率0.00、WHIP0.67という成績でしたが、メジャー昇格はならず。2020年3月11日にレッズが契約を解除し、これを受けて田沢純一は帰国しています。

田沢純一は出身中学で軟式野球部だった!社会人野球で開花、メジャー入りを表明

田沢純一は1986年6月6日生まれ、神奈川県横浜市出身です。球歴は、小学3年から始めた少年野球にさかのぼり、出身中学の横浜市立松本中学では軟式野球部に所属していました。最高成績は、2年時の横浜市大会ベスト16です。

横浜商科大学高等学校へ進学後は、1年夏からベンチ入り。2年生で背番号10を背負い、夏の甲子園に出場しますが、登板機会は回って来ませんでした。3年では、エースとして神奈川県予選ベスト4まで進出したものの、準決勝で涌井秀章のいる横浜高等学校の前に屈し、涙を呑みます。

中学、高校と出色の成績は残していませんが、田沢純一が開花したのは、社会人野球入りしてからです。高校卒業後に入社した新日本石油では、リリーフをメインに投げ、入社2年目の2006年には、社会人野球選手権大会ベスト4進出の原動力となっています。

2007年には、複数のプロ球団が、ドラフト候補に田沢純一をリストアップしますが、前年に比べると精彩を欠くなど、内容がイマイチだったため残留。2008年は、夏の第79回都市対抗野球大会全5試合で1完封を含む4勝を挙げ、橋戸賞を受賞するなど大活躍します。秋のドラフト上位候補として熱い視線を浴びますが、メジャーリーグ挑戦を表明し、旅立ちました。

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田沢純一が埼玉武蔵ヒートベアーズに入団!田沢ルールが撤廃!

田沢純一「田沢ルール」への本音は?撤廃を受けてのコメント!埼玉武蔵ヒートベアーズに入団!

田沢純一は帰国後、2020年7月13日、ルートインBCリーグの埼玉武蔵ヒートベアーズと契約を結び、埼玉・熊谷市内で入団会見を行いました。会見では、自身が2008年に米レッドソックスとメジャー契約を結んだことを機に生まれた「田沢ルール」について「そういったルールがなくなってくれればいいな、という気持ちは、個人的にはあります」と胸の内を明かしていました。

「田沢ルール」ができたことにより、「日本では2度とプレーできないだろう」という覚悟や「自分が進みたい道を選んだだけなのに」といったどこか納得できない気持ちを抱え、「自分のせいでルールが生まれ、海外を目指す選手の選択肢を狭めてしまったのではないか」という責任を感じてしまっていたようです。また、自身の名前を使った「田沢ルール」という言葉へのネガティブなイメージにも戸惑っていたようでした。

そんな田沢純一の気持ちを反映するかのように、2020年9月7日に日本野球機構(NPB)は実行委員会を開催し、田沢ルールの撤廃を決定しました。撤廃の理由は12球団から見直しの声が上がっていたとし、選手会からも要望があったということです。これにより、田沢純一もドラフト指名の対象選手となりました。これに対し、田沢純一は「ルールの撤廃を決めていただいたこと本当に嬉しく思っています」とコメントをしています。

田沢純一、埼玉武蔵ヒートベアーズでの感覚は?

田沢純一はアメリカの硬いマウンドに比べ、柔らかく滑る感覚の日本のマウンドへの適応に少し苦戦しているようです。ボールの感覚も、アメリカの乾燥していて、1個1個がアバウトなサイズ感だったものとは異なるといいます。

相手を観察しながら「僕に対して、早打ちになってきている。真っ直ぐを待っているのは十分感じますし、それでも真っ直ぐで押すべきなのか」とも悩むそうで、試行錯誤しながら少しずつ馴染んでいます。

年下である角晃多監督については「あの年でGMも兼任していて、スポンサー巡りから何から全部やっていて。すごいなと、思います」と感想を漏らしていました。田沢純一は埼玉武蔵ヒートベアーズでのプレーについて「野球人生の中でいい経験と思って、毎日を過ごしている」と前向きにとらえているようです。

田沢純一のドラフト会議結果に衝撃!

田沢純一がドラフト指名漏れ!今後に注目が集まる

2020年10月26日にドラフト会議が開催され、田沢純一に指名が入るのか大きな関心が寄せられていました。田沢ルールの撤廃で上位指名もあるのではとささやかれていたものの、蓋を開けてみると結果は、指名漏れ。どの球団からも声がかかりませんでした。

本人に変わって取材に対応した角晃多監督は「ショック。野球人生の分岐点になる」、田沢純一の今後について問われた今井秀雄球団代表は「彼にとってどういう選択が一番いいのか、一緒に考えて結論を出したい」とコメント。指名漏れという結果について、実績は十分ながら、34歳という年齢やメジャーへの未練が感じられる発言によって各球団が獲得を躊躇したのではないか、と分析されています。

埼玉武蔵ヒートベアーズでプレーを続けるのか、メジャー再挑戦に賭けるのか、はたまた新たな道に進むのか、田沢純一の今後の選択に注目が集まっています。

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