中田久美の元結婚相手もビビった!?ブチギレ説教が恐ろしすぎる!

中田久美の元結婚相手もビビった!?ブチギレ説教が恐ろしすぎる!出典:http://style.nikkei.com

中田久美の元結婚相手もビビった!?ブチギレ説教が恐ろしすぎる!

中田久美は結婚している?結婚相手は?

中田久美は、1965年9月3日生まれで、51歳になります。15歳で全日本バレーボール女子代表に選抜され、天才セッターと呼ばれた名プレイヤーです。プレイヤーとして一線を退いてからは、バレーの試合解説や、スポーツキャスターなどとして、テレビでもよく姿を見せていました。

現在は、久光製薬スプリングスの監督として、手腕を発揮しています。1992年のバルセルナオリンピック出場後に引退した中田久美が、翌年結婚したお相手は、林隆夫です。林隆夫は、甲子園出場を経験した一般人ですが、父親が歴史学者の林亮勝なので、その道の人はご存じかもしれません。

バレーボールと同様に、完璧主義だという中田久美は、結婚生活にも完璧を求めてしまった結果、1996年に離婚しています。結婚後に一時現役復帰をしますが、すぐにコーチの道に進んだ中田久美。バレーボールやプライベートすべてにおいて完璧とはいかなかったようで、結婚生活は残念な結果になってしまいました。

中田久美がテレビでブチギレた!?はしゃぐ全日本代表選手に公開説教??

中田久美は、2004年にアテネオリンピック出場を決めたバレーボール女子代表選手たちと、テレビで共演した際、選手たちにブチギレたことがありました。2000年のシドニーオリンピックへは出場できなかったバレーボール女子代表らは、念願のアテネオリンピック出場に浮かれた様子。

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その様子に、番組前には、「真面目にやろうね」と注意していたという中田久美。カメラが回っている間は、辛うじて笑顔を保っていたものの、VTRに画面が変わった直後、「てめえらコノヤロー!!!」と凶変。それまではしゃいでいた選手たちも、大先輩の一喝に一気に血の気が引いたことはいうまでもありません。

しかし、それだけではすみませんでした。中田久美がブチギレて説教する音声が、テレビで流れてしまったから大変です。あまりの剣幕に、見ていた人は、一瞬、誰が叫んだのか分からなかったのではないでしょうか。その後、スタジオにカメラが戻ったときには、神妙な面持ちで座る選手たちの姿が映し出されました。

中田久美は伝説の天才セッター!出身中学、高校は?

中田久美が天才セッターになれた理由とは?最初はセンタープレイヤーだった

中田久美が天才セッターと呼ばれていたことは有名ですが、どのようなプレイヤーだったのでしょうか。15歳で全日本入りした中田久美ですが、セッターのポジションになったのは、全日本チームに入ってからです。もともとはブロックを専門とするセンタープレイヤーでしたが、日本チームの大型セッター育成のために、中田久美が起用されました。

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中田久美の身長は176cm。現在では、女子選手でも180cm~200cmクラスの選手がざらにいますが、当時の選手の中では大きいほうでした。中田久美は、セッターとして、試合に向かう前から、自チームのアタッカー陣の様子を観察します。直前の練習まで、個々のコンディションやテンションを見て、試合開始の最初のトスを誰に上げるか決めていたそうです。

また、自ら怒られ役に徹し、チームにまとまりが出るように努めました。

中田久美の出身中学や高校は?頭角を現したのは中学2年生のときだった

中田久美は、東京都出身で、地元である練馬の練馬区立東中学校出身です。中学入学とともにバレーボール部に入部した中田久美。中学2年生になると、元全日本監督の山田重雄が始めた「LAエンジェルス」に入団し、バレーの英才教育を受けたことで、メキメキと上達していきました。

ちなみに、中田久美の中学校の同級生には尾崎豊がいたそうです。尾崎豊は、生徒会副会長を務めていたといいますから、中田久美も尾崎豊を知っていたかもしれません。中学3年生になると、早くも全日本入りした中田久美は、バレーボールに専念するために、高校は通信制のNHK学園高校へ進み、きちんと卒業しています。

通信制の高校で学業をしながら、「LAエンジェルス」の創立者でもある山田重雄が率いる日立へ進み、強豪実業団チームで、バレーボールに青春時代を捧げました。

中田久美が日本代表監督に就任して2020年東京オリンピックへの期待高まる!もう一つの武器とは?

中田久美が、全日本バレーボール女子の新監督に就任することが内定しました。2012年ロンドンオリンピックでは、28年ぶりとなる銅メダルを獲得しましたが、2016年リオオリンピックではベスト8に終わった真鍋正義監督率いる全日本女子。エース木村沙織が引退を表明している中、心機一転、2020年の東京オリンピックに向けては、若いセッター宮下遥などを中心に、世代交代が進む顔ぶれとなりそうです。

1964年の東京大会で優勝し、世界を驚かせた「東洋の魔女」こと日本女子チーム同様、4年後の東京オリンピックで全日本女子が金メダルを取ることができたら、さぞドラマチックでしょう。そんな夢と期待を中田久美に託したバレーボール協会ですが、今、なぜ中田久美なのでしょうか。

天才セッターと呼ばれた中田久美は、現役を退いた後、イタリアへ渡り、コーチ術を学んでいます。帰国後、久光製薬スプリングスで監督になった中田久美は、就任1年目早々に、リーグ戦、全日本選手権、全日本男女選抜の3冠を達成します。その勢いで、通算では、リーグ戦では3回、全日本選手権では4回、チームを優勝に導くことになりました。

監督としての実績を見るだけでも、納得の起用といえそうです。中田久美は、口調が厳しいことと、気が強い性格から、「いつも怒っている」とか「怖い」イメージばかりが先行してしまい、強いチームを作る真の能力が見えにくいですが、指導は、的確で具体的。

また、監督としての手腕のもう一つの武器には、選手一人一人とのコミュニケーションに時間を惜しまず、信頼関係を作る能力も挙げられます。中田久美が第一に考えるのは、チームプレーであるバレーボール競技には欠かせないコミュニケーション。2020年東京オリンピックを視野に、どのようなチームが出来上がるか、中田久美率いる「火の鳥NIPPON」に期待したいです。

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