山田隆夫の年収がスゴかった!笑点ギャラ以外の収入とは?笑点座布団挨拶もネタ切れ?

山田隆夫の年収がスゴかった!笑点ギャラ以外の収入とは?笑点座布団挨拶もネタ切れ?

山田隆夫の年収がスゴかった!笑点ギャラ以外の収入とは

山田隆夫の年収がスゴい!

山田隆夫と言えば、『笑点』での「座布団運びの山田くん」として有名ですが、元々は「ずうとるび」というアイドル歌手出身。その人気ぶりは、当時の郷ひろみや西条秀樹を抑えてブロマイドの売れ行き一位という、トップアイドルでした。

デビューのきっかけとなったのは「ちびっこのどじまん」でしたが、『笑点』の「ちびっこ大喜利」にレギュラー出演するようになり、座布団10枚のご褒美で見事歌手デビューを果たします。

童顔で年齢不詳の山田隆夫ですが、1956年生まれの58歳。『笑点』の中では、桂歌丸師匠、林家木久扇師匠、三遊亭好楽師匠を除けば、他のメンバーたちは芸歴上では全て後輩になるそうです。

そんな長い芸歴を持つ山田隆夫さん、ネット上では「『笑点』の座布団運び28年で三億?」など話題になりましたが、実際の山田隆夫の収入は不動産の家賃収入と、ご自身の経験を生かした講演会によるもの。

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現在でもその年収は軽く2000万円を超えているとか。しっかりとお稼ぎになってらっしゃるようですね。

山田隆夫の笑点ギャラ以外で稼ぐ意外な収入とは?

山田隆夫には不動産投資においての「先見の明」があることが、関係者の間で話題になっているようです。それも最初に土地を買ったのは、まだ17歳の時。

アイドル歌手で売り出した「ずうとるび」時代にコツコツを貯めたお金で投資したとか。元々山田隆夫さんの実家は裕福なお家でしたが、ご両親が詐欺に合い、大切な土地を奪われてしまいます。

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この不幸な事件をきっかけに山田隆夫は「土地を買って、地繋がりで土地を増やしてお金を取り戻そう」そう決心して不動産投資を始めたそうです。

買った土地の近くに電車が通るようになったり、商業施設が立って土地が高騰したりと、山田隆夫の不動産投資は次々と大当たり。今や都内の一等地に持つマンション収入だけで『笑点』の座布団収入の10倍は稼ぐと評判になっています。

山田隆夫の笑点座布団挨拶もネタ切れ?短くなったと心配の声

山田隆夫の笑点での初めての挨拶は?

山田隆夫の『笑点』での「座布団運び初デビュー」は1984年10月7日でした。それまで座布団運びをしていた松崎真さんの体調不良により、元々「笑点ちびっこ大喜利」にレギュラー出演していた山田隆夫さんに白羽の矢が立ったのです。

山田隆夫さんは大喜利で座布団を10枚獲得して歌手デビューを果たしたのですが、デビュー四年後に結婚をきっかけにグループを脱退します。この時は「結婚」が理由だったのですが、本当の脱退理由は音楽性の違い。

山田隆夫さんは「モンキーズ」調のポップな音楽を目指していたのですが、他のメンバーはロックをやりたがり、意見の相違から脱退に至ったそうです。その後、離婚を経験。

「ちびっこ大喜利」の時のディレクターが山田隆夫を指名した時は、慰謝料と養育費の支払いで無一文になり、ボロボロの状態だったそうです。

ディレクターの気持ちがうれしくて「はい!やります」との快諾した山田隆夫さん。さて、『笑点』デビューの初挨拶は何だったのでしょう?

山田隆夫の笑点座布団挨拶が短い?ネタ切れ?と心配の声

山田隆夫の前任、松崎真さんのお決まりの挨拶は「手を挙げて、横断歩道を渡りましょう。松崎真です」でした。

それが山田隆夫に変わった途端「挨拶は自分で考えろ。面白いのをやれ」と無茶振りをされてしまいます。

山田隆夫自身も5代目鈴々舎馬風門下で鈴々舎鈴丸の高座名を持つれっきとした落語家ですが、何せ自分の出番は、話術の達人である落語の師匠たちが全員挨拶を終えてから。

初デビューの時はどんな挨拶をしていいのか分からず頭が真っ白になり、出てきた挨拶が思わず「暑いですね!山田隆夫です」だったそうです。

ですから、「最近の山田隆夫さんの挨拶が短い」と心配の声もネット上にはありますが、前任者はいつもお決まりだったようですし、いくら山田隆夫の芸歴が長いとはいえ、百戦錬磨の師匠たちの後となると、人には言えないご苦労があるのではないでしょうか。

山田隆夫が笑点で「座布団」と「笑顔」を運び続けて30年

国民的演芸番組『笑点』で「座布団運びの山田くん」こと山田隆夫。元はアイドル歌手出身で落語家としての高座名は鈴々舎鈴丸、作詞家、作曲家、プロボクサーなど様々な経歴をお持ちです。

「芸は身を助ける」との諺通り、山田隆夫が前任者の体調不良により『笑点』の座布団運びを任されたのも、かつて『ちびっこ大喜利』での大活躍ぶりを知っていた当時のディレクターの一声でした。

『笑点』では「山田くん、山田くん」と故圓楽師匠に可愛がられ、「たまには山田くんにも目立ってもらおう」と、林家こん平師匠の「山田イジリ」に反撃するよう仕向けてもらったり、随分と助けて頂いたとか。

「圓楽師匠にとって自分は、いつまでも『ちびっこ大喜利』の子供なんです。だから50過ぎても山田くんです」と語る山田隆夫。皆さんに助けてもらった感謝の気持ちを込めて、老人施設や被災地域を訪問して「笑い」をプレゼントしているそうです。

かつて、今は亡き坂本九さんにすごく目をかけてもらっていたという山田隆夫は「どうしたら、九さんみたいに人気者になれますか」と尋ねたところ「隆夫ちゃん、いつもニコニコしていたらいいんだよ」と教えて貰ったそうです。

それ以来、山田隆夫はどんなに辛いことがあっても、笑顔を忘れずに座布団を運び続けて来たそうです。「座布団」と「笑顔」を運び続けて30年。山田隆夫、これからもずっと「笑顔の山田くん」でいて下さいね!

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