原晋監督が箱根駅伝連覇をつかんだ指導力!意外な経歴とは?
原晋監督の指導力の秘密とは?箱根駅伝連覇への道!
原晋監督は、1967年3月8日生まれの50歳。青山学院大学陸上競技部の監督として、駅伝チームを箱根駅伝優勝に導くなど、監督としての手腕が高く評価されています。
2004年、「箱根駅伝に3年で出場、5年でシード権、10年で優勝争い」という目標を胸に監督に就任した原晋監督。「3年で出場」は果たせず、苦しい指導が続きました。しかし、4年目の箱根駅伝予選会での結果を評価された原晋監督は、大学職員に昇格。監督として青山学院大学に残ることに。2008年、青山学院大学はいまだ箱根駅伝本選に出場できていませんでしたが、原晋監督は、出場を逃した大学から選手を選抜し作る関東学生連合チームの監督を務めるます。
普段はしないミーティングを実施し、寄せ集めのメンバー間に絆を作るなど、見事4位の成績を収めました。迎えた2009年、青山学院大学は、念願だった箱根駅伝に出場。その後も連続出場しますが、5位が最高順位でした。そして2015年。とうとう初優勝を果たした原晋監督率いる青山学院大学は、続く2016年、2017年と3連覇を成し遂げています。
原晋監督は中国電力の「伝説の営業マン」だった!名門世羅高校で主将でも実業団では振るわず
原晋監督は、小学生の時のケガがきっかけでリハビリを兼ねてジョギングを始め、中学に入ると、陸上部に所属し、長距離選手として練習に励みました。高校は、駅伝の名門の広島県立世羅高校に進学。3年生のときには主将を務め、全国高校駅伝では4区を走り、準優勝に貢献しています。
中京大学でも陸上部に所属しますが、「将来は体育教師にでもなれればよい」と、あまり真剣に取り組むことはなかったとか。それでも大学3年生の日本インカレ5000mでは3位の成績を収めた原晋監督。中国電力に就職し、創設間もない陸上部に参加します。しかし、やる気とは裏腹に故障が続き、思うように練習出来ない日々が続きました。
27歳のときに引退を決め、陸上1本から一転、中国電力のサラリーマンになりました。ストレスで激太りしてしまったそうですが、妻に支えられながら、持ち前の負けん気で、営業成績を上げていきます。「伝説の営業マン」を自称する通り、とうとう売上トップの成績を上げた原晋監督は、その後、新規事業を立ち上げ、従業員100人を超える会社をつくり上げました。
原晋監督の出版本は成功メソッドを凝縮!結婚した妻や子供は?
原晋監督が出版した「逆転のメソッド」には独自のメソッドが!
青山学院大学駅伝チームを箱根駅伝3連覇に導くなど、その指導力に注目が集まる原晋監督。陸上界の「異端児」と言われるように、朗らかで明るいキャラクターは、バラエティ番組でも大人気です。そんな原晋監督が出版した本は、共著も含めると現在8冊。トレーニングについてまとめた2冊のほかは、「成功」のメソッドについてまとめられています。
著書「逆転のメソッド」は、「駅伝もビジネスも一緒」と謳ってある通り、原晋監督独自の営業手法にも触れられている自伝的な内容です。一方、「フツーの会社員だった僕が、箱根駅伝優勝に導いた47の言葉」には、ビジネスで身につけた成功するための具体的なメソッドが書かれています。冒頭に「業界の常識を疑え」とあるあたりにも、原晋監督らしさの感じられる良書です。
原晋監督は結婚している?子供は?
原晋監督には、実業団を引退し、心身ともに荒れていた時代があったといいます。その時に支えとなった女性が、1995年に結婚した妻の原美穂です。愚痴ばかりだった原晋監督を叱咤激励してくれたという妻は、実は、原晋監督より負けん気の強い女性なのかもしれません。そんな心強い妻に支えられ、「伝説の営業マン」として成功を収めた原晋監督。2004年に青山学院大学の陸上競技部監督に就任する時にも、妻は、時には原晋監督の背中を押しながら、支えとなってきました。
現在は、青山学院大学町田寮の寮母として、選手たちのお世話をしています。寮の中では、炊事、清掃、受付、事務などをこなす妻は、選手たちの母親代わりにもなっているようです。原晋監督と妻の間に子供はいませんが、寮で共に暮らす選手たち全員が子供のように思えるのではないでしょうか。
原晋監督が大学院生に?箱根駅伝3連覇の感動の裏には仰天エピソードがあった?!
原晋監督は、2017年3月12日に、東京セルリアン東急ホテルにて行われた「三大駅伝報告会兼箱根駅伝祝勝会」に、青山学院大学駅伝部のメンバーと共に出席しています。この祝勝会は、今シーズン、「出雲駅伝」「全日本大学駅伝」「箱根駅伝」でそれぞれ優勝を飾り、大学駅伝三冠を達成したことを受けてのものです。
挨拶に臨んだ原晋監督は、いつもの軽妙なキャラクターを封印し、「学生を指導するために、まだまだ勉強することがあります。4月から大学院に進学します」と真面目に宣言。選手たちには事前に説明してあったようですが、箱根駅伝3連覇を成し遂げた今、さらなる向上を目指す姿勢には頭が下がります。
原晋監督の「成功」は、まだ先にもあるのでしょう。3月14日には、「踊る!さんま御殿!!」に登場し、仰天エピソードを暴露しています。それは、3連覇を達成した第93回箱根駅伝で、3年生の田村和希選手が、復路7区で、失速しながらも苦しい走りを続けていた時のことです。
アナウンサーは、「田村が何度もタスキに手をやった、母校のために、タスキへの思い……」と感動的な調子で実況していました。しかし、原晋監督は、「実は、走っている時にタスキにツバがついたらしく、はたいて(たたき落として)いただけ」と暴露。MC明石家さんまや出演者たちが驚いたことは言うまでもありません。
青山学院大学の駅伝選手たちは、現在、2020年に開催される東京オリンピック出場を視野にマラソンにも挑戦しています。原晋監督の大学院進学には、そのような新ステージに向けてという意味もあるのでしょう。原晋監督率いる青山学院大学が目指す高みへの挑戦や、その影響を受けて盛り上がっていくであろう陸上界の動きに期待し、注目しましょう。