矢崎泰久の夢は外交官だった?高齢でもいまだ現役!健康の秘訣は食のこだわり

矢崎泰久のプロフィールを紹介!


矢崎泰久のプロフィール
◆生年月日:1933年1月30日
◆出身:東京都
◆別名:笠倉 泰久
◆私塾「学校ごっこ」常任講師

フリージャーナリストの矢崎泰久(やざきやすひさ)は1933年1月30日に東京で生まれました。2019年12月現在86歳、間もなく87歳になります。

矢崎泰久の親族には、有名な人物が多く存在します。父親は、株式会社文藝春秋で同社をを創設した菊池寛の秘書役を務めていた矢崎寧之(やざきやすゆき)です。おばである佐藤碧子(さとうみどりこ)は作家として活躍し、小磯なつ子の筆名で直木賞候補作家となりました。

また、叔母八重の夫・物集高量(もずめたかかず)は、日本文学研究者として活躍。伯父の石井英之助は六興出版社の社長です。

弟の矢崎康夫は、父・矢崎寧之の跡を継いで日本出版社の代表となり、矢崎泰久の次男・矢崎飛鳥は「週刊アスキー」の副編集長を経て、現在はEngadget(エンガジェット)日本語版の編集長を務めています。

矢崎泰久の早稲田大学政治経済学部政治学科に進学したものの中退。日本経済新聞社、内外タイムスで記者として勤務した後、父・矢崎寧之が経営する日本社から1965年に「話の特集」を創刊し、約30年間にわたり同誌の編集長を務めました。

1967年には話の特集社を邱永漢の出資によって独立させ、デザイナーの和田誠、放送作家の永六輔、俳優の伊丹十三などをイラストレーターやライターとして起用しました。

タレント、女優、歌手など芸能界でも活躍した持つ中山千夏とは雑誌の連載を通して意気投合し、「挟間組」を結成して著作活動をしていましたが、1995年に休刊しています。

1977年に中山千夏、ジャーナリストのばばこういちと革新自由連合という政党を結成。代表となった中山千夏が参院議員だった頃には、公設第一秘書も務めました。また、1983年6月26日に行われた参議院議員選挙では自身も無党派市民連合候補として比例区から立候補しましたが、残念ながら落選しています。

2019年3月には、新元号の発表に先立って国に元号制定の差し止めを求める訴訟を起こしたことで話題となりました。

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矢崎泰久が外交官になりたかった理由とは?

矢崎泰久は外交官を目指していた時期があり、早稲田大学在学中には実際に外交官の採用試験を受けています。その理由は、求人系サイトのインタビューを受けた際に明かしています。

矢崎泰久は高校3年生の時に同級生の女子と駆け落ちをしたことがあり、その時すぐに彼女の親に連れ戻されて悔しい思いをしたといいます。この彼女の親が外交官だったため、外交官になって見返してやりたいと考えたのが理由なのだとか。

大学生の頃に受けた外交官の試験では第一試験の筆記テストはクリアできたようですが、二次試験の外国語での集団討論で落ちてしまったとのこと。それでも諦めず、二度受験したものの、合格は叶わなかったようです。

矢崎泰久の麻雀の実力は?

矢崎泰久は麻雀好きとしても知られており、新聞記者時代も、記者クラブなどで麻雀をしていることが多かったと先述のインタビューで語っています。

1982年には、麻雀仲間の腕前を自身の目線で評価する「あいつの麻雀」という著書を出版。同書で批評された登場人物が矢崎泰久に対戦を求め、月刊の麻雀漫画の専門誌「近代麻雀」で、挑戦者に矢崎泰久を加えた16人で対戦する企画が組まれました。

筑紫哲也、作家の阿刀田高、ばばこういち、シンガーソングライターの井上陽水らが集まった麻雀対戦の結果、矢崎泰久は16人中2位となり、著書に対する挑戦者たちの反発を見事に退けています。

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矢崎泰久の一人暮らしを支える食のこだわりとは?

あと数年で90歳になる矢崎泰久は、快適な一人暮らしを続けています。家族と同居できない事情があるわけではなく、自ら別居を望んで一人暮らしをしているといいます。

矢崎泰久の悠々自適な一人暮らしは、2017年7月から2019年8月まで、「介護ポストセブン」において50回にわたり連載したコラム「84才、一人暮らし。ああ、快適なり(連載終了時は『86才、一人暮らし。ああ、快適なり』)」に綴られています。

2017年9月1日の同コラム第4回は「おいしい生活」と題し、食生活について語っています。矢崎泰久は栄養バランスなどもしっかり考えて食事をとっているのだそう。食べるだけでなく料理をするのも好きらしく、「宝塚OBから覚えたのは、数々の卵料理と簡単ランチ。オムレツ、チャーハン、牛丼なら、そこらのコックには負けない自信がある」と語り、腕前には自信があるようです。

「偏食は命取りにもなりかねない。」と考える矢崎泰久は、一人暮らしを始めてから一週間の食事メニューを作成しているのだそうです。週一度スーパーで買い物をし、冷蔵庫の中は使う順番に整理。さらに牛肉を欠かさず、牛4:豚2:鳥1という比率を守ってメニューを考えているという徹底した食へのこだわりが、90歳近くになっても一人暮らしを可能にするだけの健康を守る秘訣なのでしょう。

人の手を借りず全うする生涯を送るためのライフプランは、矢崎泰久に限らず高齢化社会と言われて久しい日本では誰もが考えなければいけないことかもしれません。

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