デーデー・ブルーノは何人で何者?オリンピックの個人種目になぜ出られない?

デーデー・ブルーノは陸上始めて1年で頭角を発揮!高校時代はサッカー部だった


デーデー・ブルーノのプロフィール
◆生年月日:1999年10月7日
◆出身:長野県
◆身長・体重:177cm・77kg
◆血液型:非公開
◆出身大学:東海大学
◆2021年日本学生陸上競技個人選手権大会 100M優勝

デーデー・ブルーノはわずか1年で陸上のホープに

デーデー・ブルーノは2021年7月23日に幕を開けた東京オリンピックで男子400メートルリレーの代表に選ばれ、日本陸上界の超新星として注目を集めました。

2021年8月現在で大学3年生、21歳のデーデー・ブルーノが陸上を始めたのは高校2年の頃。その翌年には「全国高等学校総合体育大会(南東北総体)」の100メートルで5位に入賞し、早くも頭角を現しました。

そんなデーデー・ブルーノは、地元長野の松本国際高等学校(当時は創造学園高校)を卒業後、陸上の名門・東海大学の体育学部へ進学。同大陸上部は、男子400メートルの日本記録を持つ高野進が短距離ブロックの監督を務めています。また、高野進の指導により、2008年北京オリンピックで男子4×100mリレーの銀メダリストとなった塚原直貴も、2021年からコーチに就任。日本の男子陸上短距離界をけん引した東海大OBの指導を受けられるという好環境でデーデー・ブルーノが持つ天性の素質がさらに磨かれ、陸上転向から5年目でオリンピック代表の切符を手にしました。

デーデー・ブルーノはサッカーから陸上界へ!

高校2年で本格的に陸上を始めたデーデー・ブルーノは、その前年までサッカーに打ち込んでいました。

小学校2年からサッカーに親しんできたデーデー・ブルーノは中学時代もサッカーボールを追い、高校でもサッカー部に所属。しかし、長野県では屈指の強豪校として知られる創造学園高校ではレギュラー入りできず、1年の秋に退部します。

サッカーを辞めた後は部に属さず、5ヶ月ほどバイト生活をしていたというデーデー・ブルーノ。サッカー部の監督からはラグビーへの転向を勧められていましたが、高校2年になると陸上への転向を決めます。

ボールを操るセンスには恵まれなかったデーデー・ブルーノですが、運動能力が求められるミッドフィールダーのポジションにいた彼には、俊足という武器がありました。陸上に転向したのは陸上部にいた友達の勧めだったようですが、子供の頃から足が速く、小中学校では決まってリレーの選手に加わっていたデーデー・ブルーノの素質を見抜いてのことだったとすれば、その友達には潜在能力を見抜く力があったのかもしれません。

陸上に転向してからは、「やっと一生懸命になれるものが、夢中になれるものができたって喜んでた」とテレビ番組の取材で母親が振り返っているように、水を得た魚のごとく力を伸ばしていったデーデー・ブルーノ。周囲が目を見張る早さで世界の晴れ舞台に立つ彼は、陸上と出会うべくして出会ったといえそうです。

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デーデー・ブルーノは日本人とナイジェリア人のハーフ!両親が語る素顔とは?

デーデー・ブルーノの本名は?両親・兄弟などプロフィールを深堀り!

デーデー・ブルーノはナイジェリア人の父親、デーデー・ピーターと日本人の母親、デーデー・千秋の間に生まれました。各メディアではデーデー・ブルーノと紹介されていますが、デーデー・ブルーノ・チクヮド・凌というのが正式な名前です。

褐色の肌に筋肉ムキムキの逞しい身体、彫りの深い顔立ちのデーデー・ブルーノは一見すると海外からやってきた留学生のように思われそうですが、生まれも育ちも日本。両親が暮らす長野県松本市の出身です。

そんなデーデー・ブルーノには、デーデー・アンドリューという2歳違いの兄がいます。弟と同じく東海大学へ進んだ兄も子供の頃からサッカーが好きで、デーデー・ブルーノがサッカーを始めたのは兄の影響なのだそう。

デーデー・ブルーノの兄は東海大在学中の2018年2月に関東社会人リーグ2部のエスペランサSCへ加入。弟と引けをとらない身体能力の高さで活躍を期待されました。2021年8月現在、エスペランサSCの所属選手にデーデー・アンドリューの名前はなく、現在もどこかのクラブでサッカーを続けているのかは不明です。

デーデー・ブルーノの両親が最強アスリート育成の秘密を公開?

デーデー・ブルーノの母親はテレビ番組の取材を受けた際、足が速くなった理由は食生活にあるのではないかと語っています。

肉類と牛乳がほぼ毎日夕食のメニューに含まれていたといい、焼肉をするのに2キロの肉があると、そのうちの半分を家族が食べ、残り半分の1キロをデーデー・ブルーノが一人で平らげていたとのこと。たんぱく質の摂取は十分だったようです。

陸上を本格的に始めてからのデーデー・ブルーノは、練習が楽しくて仕方がない様子だったと、母親は当時の様子を明かしています。一方で小さな頃は病弱だった息子を気にかけながらも、「よく頑張ったなと言いたい」と日本代表の重責を担ったデーデー・ブルーノを称えていました。

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デーデー・ブルーノはオリンピックのリレー代表!なぜ100Mで出場できない?

デーデー・ブルーノは東京五輪で400Mリレーに出場

デーデー・ブルーノは2021年6月に行われた「日本陸上競技選手権大会」に出場。100メートル、200メートルともに自己ベストで2位に食い込み、見事東京オリンピック代表に選ばれました。

以前から注目を集めてきた飯塚翔太らを上回る記録で彗星のごとくオリンピック代表の座を射止めたデーデー・ブルーノは、後半でグンと追い上げるバネの強さが持ち味。男子陸上の秘密兵器とも言われており、4×100メートルリレーではアンカーを任される可能性もあるのではとみられています。

デーデー・ブルーノが100M代表になれなかった理由とは?

4×100メートルリレーの代表として東京オリンピックに出場するデーデー・ブルーノ。「日本陸上競技選手権大会」で9秒台の記録を持つ注目選手を抜き去る走りを見せたことで一気に注目を浴びましたが、個人種目の男子100メートルでは代表入りしていません。

オリンピック種目となっている各競技には、代表入りするためにマークしなければならない参加標準記録が定められており、男子100メートルは「10秒05」とされています。「日本陸上競技選手権大会」での快走が話題を呼んだデーデー・ブルーノですが、100メートルは自己ベストながら「10秒19」と参加標準記録を切ることはできませんでした。

また、東京オリンピックでは「ワールドランキング上位者であること」という新たな条件を採用。参加標準記録を上回っていなくとも、ワールドランキング制度で上位に入れば代表入りのチャンスがあります。しかし、デーデー・ブルーノは「ワールドランキング56位以内」という男子100メートルのターゲットナンバーも満たしていないため、リレーのみでのオリンピック出場となりました。

陸上の花形とされる100メートル出場は果たせなかったものの、4×100メートルでの活躍に期待がかかるデーデー・ブルーノ。東京オリンピックの男子陸上チームは100メートル、200メートルともに主力選手が予選で敗退する低迷にあえいでいるだけに、なおさら注目が集まっています。

東京オリンピックの男子4×100メートルリレーは8月5日に予選が行われ、翌日の決勝でメダルを手にできる国が決まります。大舞台での活躍を見守る両親に一番綺麗な色のメダルを見せられるのか、日本中の期待も背負うデーデー・ブルーノの走りに注目です。

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