神田うのの子供の名前、幼稚園は?実家が金持ちなのに弟は貧乏?
神田うのの子供の名前、幼稚園がバレている?公表しない理由は?
神田うのは、2011年10月22日に子供を出産していますが、「うちの子は表に出さずに育てますよ~」と宣言しており、名前や幼稚園、顔写真などは一切公表していません。旦那は日拓グループ取締役・西村拓郎、神田うの自身もデザイナー業で大成功と、絵に描いたようなセレブ家庭に生まれた娘ですから、誘拐などを懸念して公表しないのでしょう。
神田うのは、生まれる前の娘を「こうのちゃん」と呼んでいたそうですが、これは明らかにニックネームっぽいですよね。神田うのの娘の名前は「咲良(さら)」とする噂もありますが、もちろん神田うのが公表したわけではありません。娘の幼稚園については、セレブ御用達のインターナショナルスクール「ドルトンスクール」から、2015年にさらに上を行く超名門「アメリカンスクール・イン・ジャパン アーリーラーニングセンター」に移ったという情報が。正しい情報かどうかは不明ですが、神田うのほどのセレブともなると、秘密事も難しいのかもしれません。
神田うのの実家は金持ち!貧乏な弟・ハマカーン神田伸一郎には援助はないの?
神田うのの実家の父親は、東京大学工学部、東京大学大学院修了の学歴をもつ旧通産省の元技官。父親も母親も大分県出身で、結婚後は、父親の赴任に伴って、東京・ジャカルタ・神奈川県と移転を繰り返していますが、本名である「うの」が持統天皇の幼名に由来していたり、幼い頃から「ヒメ」と呼んで大事に育てるなど、神田うのが由緒正しい血統であることは想像にかたくありません。
現在、神田うのの父親は、会社の常務取締役を務めているそうなので、間違いなく金持ちなのでしょう。ところが、神田うのの弟・ハマカーン神田伸一郎は、収入の少なさによる貧乏生活を心配する姉・神田うのから、月々10万円の小遣いや、プラチナカードを貰うなどしています。姉からの援助によって実質貧乏ではありませんが、実家の恩恵は感じられません。神田うのの実家は、女の子には甘いものの、男の子に対しては厳しいそうですから、弟・ハマカーン神田伸一郎については、「自活しなさい」ということなのでしょう。
神田うのが出産した産婦人科が超豪華!震災にまつわる酷い噂とは?
神田うのが出産した産婦人科・山王病院はセレブ御用達!和痛分娩とは?
神田うのが出産した「山王病院」の産婦人科は、「ブランド産院御三家」と呼ばれるセレブ御用達病院。出産費用は7日間の日程で高級個室200万円以上、通常個室135万円以上。内装は、まるで高級ホテルのように至れり尽くせりで、食事も超豪華。もちろん最高のセキュリティによって警護されています。
また、神田うのが行ったのは、陣痛促進剤を使った通常の無痛分娩ではなく、適宜麻酔を使いながら痛みを軽減して出産を行う「和痛分娩」。こういった特殊の出産方法も、山王病院がセレブたちに人気の理由です。神田うのの他にも、松嶋菜々子や宮沢りえ、工藤静香、東尾理子など、多くの芸能人たちが出産を行ったと聞くと、ちょっと一般人には近寄りがたいものを感じてしまいますよね。
神田うのが震災の死者数を賭けていた!?衝撃発言の動かぬ証拠とは?
神田うのが、震災死亡者トトをやっていた!!という記事が週刊誌に掲載されたことがあります。記事によると、当時19歳だった神田うのは、1995年1月17日に発生した阪神淡路大震災の死者数を、友人との賭けのネタにしていたそうです。なぜこんなことが明るみになってしまったのかというと、神田うの自身が、十数年前の関西ローカル番組で自慢気に話していたから。
「7千人って賭けてたんだけど、6千人しか死ななくて~」「被災者よりも賭けに負けた自分のほうがかわいそう!」と悪びれもせず笑いながら発言し、スタジオを凍り付かせたとのことでした。神田うの自身は「この話を信じている人がいることにショック!」と完全否定しており、「悲しみのあまり、義援金を被災地に送った」と釈明しています。しかし、神田うの自身がテレビ番組で発言していたとあっては、なかなか信じてはもらえないようですね。
神田うのに夫・西村拓郎が”嫌われる理由”を指摘!
神田うのの著書「女も殿であれ!UNO式サクセスルール」が2016年5月に出版されました。今年5歳になる娘のことや、2015年の起きたベビーシッター盗難事件、夫婦論、人生論など、神田うのの全てが分かるという1冊。庶民の参考になるサクセスルールが教示されている気が全くしませんが、神田うのの言う通り、ポジティブな気分にはさせてもらえるに違いありません。
バラエティでの奔放な物言いやズレた金銭感覚、なぜか美川憲一とつるんで注目されるなど、どちらかというと疎まれがちな神田うのではありますが、毛皮やストッキング、下着、ウエディングドレスの自己ブランドを成功させた女実業家としての胆力には、やはり圧倒されるものがあります。
また、5歳から、谷桃子バレエ団で鍛えた美しいプロポーションに憧れる女性は多いですし、そのバレエでは、全日本バレエコンクールジュニア部門1位など、数々の入賞歴を持つほどの実力者。神田うのは、単なる環境に甘えたバカなお嬢様ではなく、やることは人一倍やってきました。夫の西村拓郎は、「女も殿であれ!UNO式サクセスルール」なんてタイトルを付けるから、”イケ好かない女”と嫌われるのだと神田うのに忠告したそうですが、むしろそれは神田うのが支持されている部分という気も。
それよりも、震災トトのような邪悪極まりない発言が若気の至りだとしても、現在も無神経すぎる発言でたびたび炎上してしまうほうが大問題。とはいえ、過激な発言がなくなれば、神田うのの個性が消失してしまうというのもまた事実なのです。