太田裕美は4人目のキャンディーズだった!?デビューの軌跡を辿る

太田裕美は4人目のキャンディーズだった!?デビューの軌跡を辿る

太田裕美は4人目のキャンディーズだった!?メンバー候補に選ばれる!

太田裕美(おおたひろみ)は、70年代に人気を博したシンガーソングライターです。実は、太田裕美が4人目のキャンディーズになっていたかも、とのお話をご存じでしょうか。かつて行われたキャンディーズのオーディションの際、最終選考まで残ったのは、正メンバーとなった伊藤蘭・田中好子・藤村美樹の3人でした。

しかし、最終選考直前までは、太田裕美や、ザ・ヴィーナスで活躍した石川幸子なども選考の対象だったといいます。結果的には3人がキャンディーズとしてデビューすることになりますが、太田裕美にも、十分にその素質があったようです。もし太田裕美が4人目のキャンディーズになっていたら、いったいどのような活躍をしていただろうと考えると、想像が膨らみますね。

残念ながらキャンディーズのオーディションの選からは外れた太田裕美でしたが、その後は、NHKの番組「ステージ101」で、グループ「ヤング101」のメンバーに選ばれ、番組終了まで活躍しています。

太田裕美が歌手デビューした軌跡を辿ってみる!

太田裕美は、1974年11月に、「まぎころ弾き語り」のキャッチフレーズとともに、「雨だれ/白い季節」でデビューしています。そして翌年には日本レコード大賞の新人賞を受賞するなど、新人時代から、上野学園中学校の声楽科で培われた歌唱力の評価は高いものでした。

1975年には、大ヒット曲「木綿のハンカチーフ」をリリースした太田裕美は、1976年のオリコンチャートにおいて、1位の「およげ!たいやきくん」などに続く4位を記録することになります。このヒット曲をひっさげ、デビューからわずか2年でNHKの紅白歌合戦に出場することになった太田裕美。

この後は、1980年まで、紅白歌合戦連続出場を果たすことになりました。4人目のキャンディーズだったかもしれないといわれる太田裕美ですが、デビューの軌跡を辿ってみると、ソロの歌手としてヒット曲を連発し、キャンディーズのヒットもなんのそのという大活躍ぶりを見せています。

太田裕美おすすめベストアルバムはどれ?旦那や子供の現在は?

太田裕美のベストアルバム!おすすめはどれ?

太田裕美は、多くのアルバムやシングルをリリースしていますが、古くからのファンおすすめのアルバムといえば、「心が風邪をひいた日」になるでしょう。なんといっても「木綿のハンカチーフ」の印象が強い太田裕美ですが、この曲も、アルバム「心が風邪をひいた日」からのシングルカットです。

また、太田裕美の3番目のヒット曲といわれる「9月の雨」が収録されているアルバム「こけてぃっしゅ」も外せません。それ以前の、どこかフォーク調を思わせる楽曲から一転、アルバム「こけてぃっしゅ」は、都会的で夏の明るさを感じさせるようなポップス調で、太田裕美の新境地との評価も高い作品に仕上がっています。

ほかには、太田裕美のこれまでの歩みを押さえておきたいという方には、1999年発売の25周年記念CD-BOXである「太田裕美の軌跡」がおすすめです。まさにベストアルバムと呼べる内容であることに加え、これまでに発表されている楽曲の別バージョンが収録されているなど、聴きごたえのある作品になっています。

太田裕美の旦那は名プロデューサー!子供は現在どうしている?

太田裕美は、1982年に歌手活動を一旦休業し、アメリカのニューヨークに留学しました。そして、帰国後の1985年に、音楽ディレクター兼プロデューサーを務めていた福岡智彦と結婚しています。福岡智彦は、渡辺音楽出版で太田裕美らを育てたのち、ソニーに移籍し、GONTITIや遊佐未森らを売り出した名プロデューサー。現在は、スペースシャワーネットワークにて、映画音楽やゲーム音楽のプロデュースを行うなど、いまだ現役で活躍中のようです。

福岡智彦と結婚した後、1989年に長男を出産した太田裕美は、2年後の1991年に次男も出産しています。2人の子供の出産と育児により、子育てメインの生活となった太田裕美は、音楽活動を一時縮小。この間、子供のためにと思った食生活の見直しなどが、自身の健康にも良かったとコメントするなど、充実した生活を送っていたことをうかがわせています。

太田裕美の2人の子供たちは、芸能活動などはしていないらしく、情報はありませんが、無事に成長していれば、すでに立派に成人していることでしょう。

太田裕美が「こち亀」に登場!両さんは太田裕美の大ファンだった?!

太田裕美は、人気マンガ「こち亀」に登場しています。惜しまれつつも、2016年9月に、40年にわたる連載を終了した漫画「こち亀」が連載をスタートしたのは、太田裕美の「木綿のハンカチーフ」がリリースされた1976年です。そのため、「こち亀」の主人公である「両さん」こと両津勘吉は、太田裕美の大ファンだったという設定で、太田裕美は、準レギュラーとして作中に登場しています。

「こち亀」では、両さんが、警察官として、太田裕美のコンサートの警備をするエピソードなども描かれていますし、第3巻には、太田裕美によるあとがきも。太田裕美は、当時のエピソードとして、自分の子供たちには、歌手・太田裕美の印象は薄かったものの、「こち亀」に登場していたことで、「はじめて息子に褒められた」と明かしています。

2人の息子たちの子育てにより、活動が控え目だった時期もありましたが、1996年にはライブ活動も再開している太田裕美。その後は、徐々に音楽活動を本格化させ、元かぐや姫の伊勢正三と、元ガロの大野真澄との3人で、「なごみーず」というユニットを結成しコンサートを行うなど、幅広く活動しています。

本人も「40代から好きにやらせてもらっている」とコメントしている通り、さまざまな経験を経て、再び音楽の現場に戻ってきた太田裕美は、今後、私たちの元へ、より自由で多彩な音楽を届けてくれることでしょう。

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